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中国などアジアのマーケットを見越したアプローチ、互いに成長し合うことで僕らの音楽を定着させたい

――今回の『IN YA MELLOW TONE 14』ならではのテーマやコンセプトはありますか?

寿福「作品ごとのテーマというのはあまりないんですけど、今回はひさしぶりに1曲目を新人の楽曲にしました。Afro Somaという仙台の男の子なんですけど、彼はうちに送ってきたデモを聴いて契約した初めてのアーティストなんですよ。聴いたらものすごく刺さる曲ばかりだったんです」

『IN YA MELLOW TONE 14』収録曲、Afro Soma“Here For You”
 

――Afro Somaさんは2017年にリリースされたオゼイ・ムーアのアルバム『In The Wake Of O』にリミックスを提供されてますし、今後レーベル的にプッシュしていかれる予定なのでしょうか?

寿福「ライヴができないタイプなのが残念なんですけど(笑)、この先のGOON TRAXを支えてくれるようなアーティストになればと思ってます。新人を1曲目にしたのは、『IN YA MELLOW TONE 3』(2009年)のre:plus以来なんですよね」

オゼイ・ムーア『In The Wake Of O』収録曲、Afro Somaによる“L.T.D”リミックス
 

『IN YA MELLOW TONE 14』に収録されたオゼイ・ムーア“Good”
 

――西原さんは今回の〈14〉を聴いてみていかがでしたか?

西原「今までも感じてきたことだけど、これはもう一つのポップスの形かな、と思います。みんなが抱いてる、いわゆるジャジー・ヒップホップみたいな感じよりも、むしろメインストリームに近いような。僕がDJを含めてヨーロピアンなものに傾倒してるのに対して、〈IN YA〉にはどこかUS的な印象を受けるのも、やっぱり寿福さんの影響があるのかな、なんて思いました」

寿福「あと、今回のジャケットの写真は上海なんですよ。これは最近中国で〈IN YA MELLOW TONE〉が人気で、re:plusやGEMINIがツアーをしたり中国に行く機会が多いので、狙ってやりました」

――西原さんも近年は中国での公演が増えてますが、中国にはGOON TRAXや西原さんが展開されてるような音楽が受け入れられる土壌があるのですか?

寿福「向こうではついこの間までキラキラ系のハウスがすごく流行ってたらしいんですよ。それが裕福になってきたことで、ハウスのビート感よりもゆったりしたものが人気を集めるようになって、今の状況になってるという話を聞きました」

西原「だから十数年前の日本みたいな感じなんですよね」

寿福「なんか不思議ですよね。この間も上海のビルボードの人からインタヴューを受けて、〈(上海の)日本風の居酒屋にいくと『IN YA MELLOW TONE』ばかりかかってますけど、どうやってるんですか?〉って聞かれたんですけど、こっちもそんなこと知らないですから(笑)。たぶん中国は地域によって言葉の壁があるからだと思うんですけど、インストの音楽に対する理解があるみたいで。ポスト・ロックもすごく大きなマーケットになってますから」

西原「ライヴの集客も東京の10倍はありますしね」

寿福「すごいよね。イントロが鳴った瞬間にワーッて盛り上がるし、ちゃんと聴いてくれてる感じはする。ただ、これがバブルで終わらないようにしたくて」

西原「そう。だからお互いがそれぞれ成長し合うことで、僕らの音楽を中国に定着させるのがいいんじゃないかなと思ってて。例えば〈ジャズ・ヒップホップ祭り〉みたいな括りで一緒に大きくやってしまうと、来年には終わっちゃうみたいなことになりかねないから(笑)、もっとポップスとして受け入れてもらえたらと考えてるんですよ。今の規模を越えていくためには、ジャンルで括ると伸ばせない気はしてます」

寿福「まあ〈祭り〉もやりたいけど」

西原「一発やるのも楽しそうだからね(笑)」

――現地のアーティストでGOON TRAXや西原さんのような音楽を制作してる人はいないんですか?

西原「わりと少ないみたいです」

寿福「ラップはものすごく流行ってるんですけどね。こないだも深セン市に行ったとき、向こうでラップ・バトルの番組を制作してる人から〈うちの事務所に所属してるラッパーにGOON TRAXからトラックを提供してほしい〉と相談されて。バリバリのトラップをやるような連中だったので〈うちのアーティストは合わないじゃん〉と思ったんですけど、アルバムを聴いたらその中に〈IN YA MELLOW TONE〉に入っててもおかしくないような曲もあるんですよ。だから向こうではあまりジャンル感を意識してないし、今の流行りだけを追ってる感じではないんですね」

――そういう意味では、日本のアーティストからいろいろアプローチできるチャンスは多そうですね。

寿福「たぶん良いと思うメロディーの感覚が似てるんでしょうね」

西原「アジアでも〈IN YA MELLOW TONE〉系のサウンドは日本のものというイメージがあると思うんですよ。例えばNujabesファンのアメリカ人が影響を受けて作ったビートって、やっぱり何かが違いますし。あと中国では今、アニメがさらに大きく流行ってるじゃないですか。向こうの人と話すと、本当によく知ってるなと思うぐらいアニメを観てる人が多いんですけど、僕らの作る音楽とアニソンやジブリの音楽って、メロディアスでわかりやすい部分が意外と遠くないと思うんですよ。だからそういうところの影響もあって受け入れられてるんじゃないですかね」

――最近は中国のシーンを見越した部分も大きいのでしょうか。

寿福「見越してるよね。人口も15億人もいますし」

西原「初めて僕らが大金持ちになれる道が開かれてますから(笑)」

寿福「中国では僕らの楽曲がすべてネットにアップロードされてるんですけど、違法のものばかりなんですよ。ただ、向こうもようやくそれをちゃんと権利者に分配しようという流れになってきてるので、それは楽しみなところです」

西原「でも向こうは人口的にもパワー的にもすごいので、あれを見ると流れには逆らえないのかなと思っちゃいますよね」

寿福「〈IN YA MELLOW TONE〉のCDは毎回デジパックで作ってるんですけど、向こうのお店ではなぜかプラケースで売ってますから(笑)。でも僕らがライヴで行くと物販がめちゃくちゃ売れるんですよ。みんな本物がほしいんだと思います」

 

プレイリスト時代に提案する、ただの〈寄せ集め〉じゃないコンピ

――西原さんはファースト・アルバム『Humming Jazz』のリリースから今年で10周年を迎えて、ベスト盤のリリースなどアニバーサリー感を意識した活動を行ってますし、〈IN YA MELLOW TONE〉シリーズも実は今年で10周年じゃないですか。いわゆるメロディック・ヒップホップと呼ばれるシーンにおけるこの10年の変化について、どのように感じてますか?

寿福「〈なくなった〉というのはあるかもしれないですね。それこそ瀬場さん(Nujabes)やDJ NOZAWAさんといった方が亡くなったり、昔はたくさんあったレーベルも今はなくなって。たぶんちゃんと残ってるのは僕らがやってるレーベルぐらいなので」

西原「ただ、僕らは生き残り方が違ってて。GOON TRAXはメディアファクトリー内のレーベルだった頃からメインストリームでも生き残っていける商品を作ってきたと思うんですけど、僕のところは僕一人なので弱っても死なないというか(笑)」

※KADOKAWA傘下のレーベル

寿福「うちはもともと大きな会社のなかでやってたからね。今はそこから独立したので、この先もしかしたら死亡しちゃうかもしれないけど(笑)。でも長く続けてきたのはアドバンテージですよね。YouTubeに上げた動画はどこの国の人が見てるのかわかるんですけど、それをチェックしてると見てる人のエリアが微妙に変わっていくんですよ。最近はアジアが強いですけど、そのなかでもフィリピンが多かったりして」

西原「今はインドネシアとかもすごいみたいだね」

寿福「だから僕らはずっとスタイルを変えなかったことが良かったんだと思います。それをダサいと思う人もいるかもしれないけど、ずっと同じことを続けてるからこそ、それまでGOON TRAXのことを知らなくて新しく出会った人は〈なんだこれ〉って反応してくれるんだろうし。ヒップホップのプロデューサーは時代に合わせて音を変える人が多いじゃないですか。そうしなかったことが、今は逆に誇れるところですね」

――基本のスタイルは変わってませんけど、例えば今作で言えばオゼイ・ムーアの楽曲は、彼がオセロ名義で活動してた頃の音源と比べるとすさまじく洗練性が高くなってるわけじゃないですか。Afro Somaのような新しい才能を紹介することも含め、毎回同じスタイルのなかで新しいものを提示してるところが、〈IN YA MELLOW TONE〉がずっと支持されている理由のひとつだと思います。

寿福「たしかに。レーベルを続けていくうえで、アーティストがいい宣伝として使ってくれればというのは考えてますね」

――今後の展望についてはどのように考えてますか?

西原「僕は今年の10月か11月ごろにアルバムを出したいと思ってます」

寿福「年明けには『IN YA MELLOW TONE 15』を出せればと思ってて、次はもっといろんな曲が入ると思います。それと今作ってる『W'z《ウィズ》』の劇伴にはLEMSとか昔から活動してる人たちにも参加してもらってて。Nomakには10年ぶりぐらいに連絡しましたね」

――「W'z《ウィズ》」は2019年に放送予定のアニメですよね。GOON TRAXが音楽を手がけたTVアニメ「ハンドシェイカー」(2017年)と同じGoHands制作の作品ですけど、どんな内容なのですか?

寿福「今公開されているメイン・ビジュアルを見てもわかると思うんですけど※1、音楽的要素も強い作品なんですよね。まだ詳しくは話せないんですけど、アニメ内では、〈DMC 2017※2〉で世界最年少で優勝したDJ RENAにも協力してもらったり、劇伴にもアメリカ、オーストラリア、ポーランド、韓国、カナダと世界中のアーティストが参加してますし、GoHandsさんの作品は中国でも評価が高いみたいなので、たぶんいろんなところからいい感じに跳ね返ってくると思います」

1 センターの主人公らしき人物がターンテーブルを操作している
※2 〈DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIP〉。過去にはミックス・マスター・マイクが受賞するなど30年以上の歴史を持つ世界一のDJを決定する大会。同大会でのDJ RENAのパフォーマンス映像はこちら

――日本のアニメは今世界的にも広がりを見せてますし、いろんな場所にリーチしそうですね。

寿福「あとは、ジャンル的にはこの先も変わらないと思うんですけど、ここからまたシーンができるように、新しいアーティストを紹介したり、昔から活動してるアーティストを迎えて、うちから新しいアルバムを出したりして、シーン作りの一個になるようにはしていきたいですね。コンピって〈寄せ集め〉みたいな見え方があって、少し安っぽく見える部分があるじゃないですか。でも、今は音楽の聴き方としてプレイリストが増えてきて、それも全部寄せ集めて聴いてるわけじゃないですか。であれば、逆にまたコンピレーションにも意味ができる気がしてて。プレイリストを作るセレクターというお仕事もあるわけだし、そこでまた〈IN YA MELLOW TONE〉というコンピの選曲がおもしろいものとして受け止めてもらえたらと思いますね」

西原「インディーズのレーベルから僕のところに企画のお話をいただくことがあるんですけど、今でも〈『IN YA MELLOW TONE』みたいなものを作りたい〉と言われることがあるんですよ(笑)。でもこれが出来そうに思えてなかなか出来なくて、本当に寄せ集めみたいになっちゃうんですよね。その逆説的にいかに〈IN YA MELLOW TONE〉がすごいのか気付いたりして。真似をしようと思っても意外とできない、実は全然やわなコンピじゃないということは、みんな気づいてないかも」

寿福「ジャケットの夜景だけ真似すれば売れるわけじゃないからね(笑)」

西原「本当にその通り。すごいと思います」