ヒップホップを軸に日本人の琴線に触れるメロディアスな魅力を持ったアーティストたちを独自の視点でコンパイルする、GOON TRAX発の人気コンピ〈IN YA MELLOW TONE〉。今や中国をはじめアジア全域へ支持を広げている同シリーズより、最新作となる『IN YA MELLOW TONE 14』がリリースされた。今作にはレーベル期待の新人であるAfro Somaのジャジー&メロウな初オリジナル曲“Here For You”を皮切りに、今やシリーズに欠かせない存在となったGEMINIや、そのメンバーであるAsuka MochizukiとShiho Suzukiそれぞれのソロ曲、生音とサンプリングを融合したバンド・スタイルのサウンドで人気を集めるStill Caravanなどが参加。サム・オックやCL、オセロ改めオゼイ・ムーア、ニュー・アルバムのリリースを5月に控えるシアトル発のヒップホップ・バンド=ライオンズ・アンビションら、世界各国に点在するナイス&スムースな音楽を線で繋いで新しい価値観を提示する、コンピレーションとしての意義を感じさせる作品になっている。
Mikikiでは今回、GOON TRAX主宰/コンピのプロデューサーの寿福知之と、ピアノをフィーチャーした流麗なジャジー・ヒップホップで人気を集め、『IN YA MELLOW TONE 14』へのリミックス提供でシリーズ初参戦を果たしたトラックメイカーのKenichiro Nishihara(西原健一郎)との対談を企画。自身のレーベルであるJazcraftsを運営する傍ら、ESNO名義ではDAOKO(当時はdaoko)らを迎えてポップなサウンドにも取り組むなど、多彩な顔を持つ西原は、今年でファースト・アルバム『Humming Jazz』のリリースから数えてデビュー10周年。一方の〈IN YA MELLOW TONE〉も2008年の始動から10年という節目を迎える。お互い近い場所で活動し、旧知の仲でもある寿福と西原に、本作であらためて結ばれた縁と絆、中国におけるヒップホップの活況ぶりとそれを踏まえた動向、そして〈IN YA MELLOW TONE〉シリーズを通して考えるシーンの未来について、大いに語ってもらった。
★シリーズ前作『IN YA MELLOW TONE 13』とレーベル運営についてGOON TRAX寿福が語ったインタヴュー記事はこちら
〈IN YA〉は規模が大きすぎて、米軍とゲリラみたいな関係
――まずはお二人の交流が始まったきっかけについて教えてください。
西原健一郎「僕が〈IN YA MELLOW TONE〉のイベントに呼んでもらったのが最初ですね」
寿福知之「しかもあれは初めてやったイベントだったのかな? 2011年に渋谷のHiKaRi cafeで〈IN YA MELLOW TONE 0〉というライヴ・イベントを開催したんですけど、そこで初めて会ったんです。そのときはたしかDaichi Diezと一緒に来てたよね?」
西原「そう、Daichi DiezのバックDJをやったんですよ」
寿福「身の回りにいるアーティストが近かったので自然と知り合って。そのあとにLe Baron※1でやったイベント※2にDJで出演してもらったりもして」
※1 Le Baron de Paris。東京・青山にあったクラブ、2015年に閉店
※2 2012年10月開催の〈IN YA MELLOW TONE vol.3〉
西原「僕はTribeとかギネス・レコード※でDJ Chikaさんとよく出会うことがあったんですよ」
※Nujabesが渋谷で運営していたレコード・ショップ
寿福「サインもらったんだよね?」
西原「そうそう(笑)。最初の頃は〈IN YA MELLOW TONE〉がやってることってイージーリスニングみたいなものだと思ってて、ライトユーザー向けの作品という印象だったんですよね。でも、ChikaさんがCradleで〈IN YA〉に参加してることを知ったり、寿福さんは僕と同い年なんですけど、音楽のバックグラウンドが自分と似てて、いわゆるジャジー・ヒップホップ以外にもいろんな音楽を聴いてきた人が深い考えのもとで作っていることがわかったんです」
寿福「いいね、台本通りじゃん(笑)」
西原「いやいや、台本なんてないから(笑)」
――西原さんもご自身で音楽レーベルのJazcraftsを運営されてますが、そういう意味でGOON TRAXの活動に共感できる部分も多かったのでは?
西原「共感というよりも、(GOON TRAX所属の)re:plusがちょうど僕と同じような活動をしてることもあって、最初はライバル視しやすい存在というか。ただ、〈IN YA MELLOW TONE〉は規模が大きすぎて、米軍とゲリラみたいな感じですよね(笑)。僕のところは1アーティスト1レーベルみたいな感じで、基本は自分のことしか考えてないので」
寿福「でも他のアーティストの作品もけっこう出してるよね?」
西原「たしかにいくつか他のアーティストの作品もリリースしてきたけど、レーベルというよりも縁があった周りの人に使ってもらう感じで。自分のためだけではオーバースペックになってきたので、それを他のアーティストに上手く使ってもらえたらやった甲斐があるかなぐらいのものなんですよ」
――そのように近しいフィールドで交流を深めてきたお二人ですが、西原さんが〈IN YA MELLOW TONE〉シリーズに参加するのは意外にも今回が初となります。これには何かきっかけが?
寿福「この対談インタヴューがあるからですね」
――それ順番が逆じゃないですか(笑)。
寿福「でも本当なんですよ。『IN YA MELLOW TONE 14』のリリース・タイミングで、誰か一緒にお仕事してるアーティストとかレーベルをやってる人と対談できればおもしろいなと思ったんですよ。そのとき最初に思い浮かんだのが西原くんだったんですけど、あれこれ進めてるうちに、そういえば一回も音源で参加してもらってないことに気づいて(笑)。すでに選曲も終わって入校作業をしてるときだったんですけど、とりあえずメールしてみたら〈リミックスなら明日は時間空いてるからやるよ〉って返信がきて」
――ギリギリのタイミングでのオファーだったんですね。
西原「僕も以前からずっと〈やらせてほしい〉と言ってたんですよ」
寿福「1年に1回ぐらいしかラヴコールが来ないから忘れちゃうんだよね(笑)。ただ、西原くんには、ちょうど今GOON TRAXで劇伴を制作してる『W'z《ウィズ》』というTVアニメに1曲参加してもらってるので、その流れもあったんですよね」
――西原さんは今回、GEMINI“We've Got The Same Dreams”のリミックスを提供されてますが、どんなアプローチで制作されたのでしょうか。
寿福「普段はやらなそうなテイストで上げてきたよね?」
西原「そう、他の参加アーティストもやらないだろうけど、〈IN YA MELLOW TONE〉に収録されても大丈夫そうなギリギリの線を狙ってみて。〈IN YA MELLOW TONE〉にはre:plusとかスター・プレイヤーがたくさんいるなかで、外部の僕にわざわざ声をかけてもらえたということは、ちょっと違ったことをやった方がいいと思ったんです」
寿福「だから何曲目に収録しようか悩んじゃったよ(笑)」
――たしかにどこかミニマル感のあるサウンドで、〈IN YA MELLOW TONE〉シリーズに新しい要素をもたらしてる印象を受けました。
西原「過去に何曲かリミックスのお仕事をしたときも、攻めたことをやると〈これじゃなくてピアノを弾いてくれ〉って言われたんですよね(笑)。だから自分としてはピアノというイメージをバレないように少しずつ変えていって、5年後ぐらいには全然違うものにしようと企んでるんです(笑)」
――ご自身の新しいモードを開拓していくなかで生まれたリミックスだったと。
西原「リミックスはチャレンジングなことを行うチャンスの場だと思うので」
寿福「自分も〈IN YA MELLOW TONE〉を聴いてる人が思うKenichiro Nishiharaサウンドとはまったく違うものがくるだろうと思ってたので、〈こうきたか!〉と思いましたね」
――寿福さんは西原さんの音楽のどんな部分に魅力を感じますか?
寿福「お洒落でクール・ビューティーなところかな(笑)。これは言い方が難しいんですけど、アルバム・サイズでもサラッと聴けるんですよ。こないだ出たベスト・アルバムも2枚組ですごいボリュームだけど、丸まるサラッと聴けるところが上手だなと思う。この風貌でメロコアをやってると変じゃないですか(笑)。そういう人柄みたいな部分も音楽に出てると思いますね」
西原「でも、高校時代はモヒカンで普通にメロコアみたいなことをやってましたよ。こないだその頃の写真が出てきたので、新しいアーティスト写真にしようかなと思って(笑)」