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自己満足より他者の意見と完成度を優先するようになった制作

――この2年半で作品には変化が出てきているようですが、山口さんの精神面にも変化は表れましたか。

「自己中心的じゃなくなったというか……。自分のやりたいことや叶えたいことを実現してくれる人たちを大事にしようと思えるようになりました。感謝の気持ちをちゃんと伝えるようになりましたし」

――それは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

「自分の幼さが原因で前の事務所を離れることになってしまった後悔が大きくて。当時の事務所やマネージャーがいろんなことをやってくれていたのに、他力本願だった僕らは〈思い描いていた通りにならない〉と不満を募らせてばかりだった。

例えば、思っていたものと違う方向性でミックスが返ってきたとき、〈これは違う〉〈そうじゃない〉みたいにしか伝えられず、上手いこと言葉にできなかったんです。多少は知識が増えた今なら、その方向性をいったん受け入れたり、どこが違うのかをちゃんと言語化して訂正してもらったりできる。やりたいことを相談して実現させていく能力が、あの頃の僕にはなかったんですよね」

――ちゃんと言葉にして伝えられるようになったからこそ、周りの人のこともより大切にするようになったと。

「今の自分たちなら、前の事務所を辞めていたかわからないですね。とはいえ、そのあとに出会う人たちにも恵まれてしまったので(笑)。いい経験になったかな」

――そうはいっても、バンドで曲作りをする工程においては『無限遠点』の頃から、メンバーの意見を取り入れて〈みんなで〉作っているような印象があったのですが……。

「そうでもなかったですね(笑)。曲を作っているうえで、僕と曲だけが先に行きすぎてしまうことは少なくなくて。自分のなかで一人歩きしたイメージは、歩いた距離の分だけ変えたくなくなっちゃうんですよね。

『無限遠点』の頃の僕は、一人で遠くまで歩いてきたからこそ、根本が違うとなったとき最初へ戻る大変さを受け入れられなかった。チーム内で〈ここ微妙じゃない?〉と言われたとしても、けっこう突っぱねてしまっていたんです。

でも、自分のワガママを突き通してできた作品が、リスナーのみなさんにいいと思ってもらえているかはわからなくて。それに、自分でワガママを突き通した曲があまりよくならなかった場合、やっぱり責められるのは自分なんですよね。

今でも我は突き通すほうなんですけど、みなさんに納得してもらえる状態で完結させたい気持ちはあります」

――向き合い方が変わったことにより、制作スタイルやスタンスも変わりましたか。

「根本的に見直したほうがいい部分が見つかったとき、アレンジを1から考え直すことが増えました。過去の自分だったら、嘘をついて突き進んじゃってたと思うんですけど。今は1曲1曲に気を抜けない状況なので、根本から作り直すことをめんどくさがっている場合じゃないというか。音楽面ではキャリアも自分のなかのプライドも、ちゃんとへし折られてますから(笑)。もはやプライドなんてないし、なんでも吸収したいと思っています。

なおかつ、頼るべきタイミングで頼るべき人に相談するのも大事だなって。アレンジひとつを取っても、プロのアレンジャーさんから返ってきたものを聴くと〈全然ちげえや〉って思いますからね。

なんでも自分でやろうとするのではなく、できないことを受け入れて、ピースが足りない部分は周りの人に埋めてもらうスタンスがいいかなと。自分のできないことをちゃんと理解できたからこそ、〈足りないピースをそろえよう〉と思えるようになりましたし、結果的に心の余裕にも繋がっている気がします」

――この2年半で、とても寛容になったようですね。

「人や曲との向き合い方が変わっていったから、そんな感じがするんじゃないかな。心のなかでは、めちゃくちゃ尖ってますよ(笑)」

 

ようやく本当に聴きたかった音楽を作れるようになってきた

――続いて、今回のサードミニアルバム『Future』についても、お伺いしていきたいと思います。2022年10月に掲載されたインタビューでは、「テーマも定まっていない中でどんどん曲を作っている段階」とお話されていましたよね。となると、今作は楽曲を作っていったら自然と〈未来〉というテーマに寄っていた感じなのでしょうか。

「かなりそうですね。僕はコロナの期間を、未来へ続く橋みたいなものだったと思っているんです。何もないような日常だったけど、いろいろな情景を思い出しながら、すごく長い橋を渡っているような感覚だった。ライブができる日に備えて、〈これから頑張っていくぞ〉という気持ちで、過去を踏まえつつ未来を見ていた時期だったような気がしていて。過去の積み重ねが、最終的には未来へ繋がっていきますしね。

また、3作目ってちょっとキリのいい数字だし、〈これからのことを歌わないとな〉って想いもあったんですよ。頭のなかになんとなく〈Future〉というワードがあったのもあり、6曲中4曲の歌詞に〈未来〉って言葉が入ってました」

『Future』トレーラー

――作品の紹介に〈バンドとしての「未来」を暗示する〉とコメントも寄せられていますが、具体的にはどのようなことを指しているのでしょうか。

「“僕が最後に選ぶ人”と“遠い春の夢”では、ボーカルにオートチューンをかけて、最近のJ-Popを意識したアレンジにしているんです。YOASOBIさんやずっと真夜中でいいのに。さんのような、人気のある方たちの音楽性も取り入れてみようと思って。この2曲に関しては、今までのAbsolute areaが踏みこんでなかった領域にチャレンジできたように思いますね」

――山口さんは、90年代や2000年代のJ-Popがお好きでしたよね。昨今の流行りを取り入れてみていかがでしたか。

「やっぱり僕が作りたい音楽は、Mr.Childrenさんのような音楽でしょうね(笑)。もちろん、最近のヒットミュージックも聴くし〈いいな〉ってなるんですけど。

とはいえ、Absolute areaにいろんな曲があっていいとは思ってるんですよ。ちょっと前の僕だったら“僕が最後に選ぶ人”みたいな曲を作らなかった気がするし、リスナーからどんな反応が返ってくるか見てみたい気持ちもある。〈Absolute areaがポップをやったら、こうなるぜ〉って球を投げてみようかなって。どの曲も作りたくて作っていることには変わりないですしね」

――Absolute areaの新たな可能性にも出会えるポップなアルバムに仕上がっていると思います。

「バンドが始まった当初はギターロックをやっていましたけど、本当はずっとポップバンドになりたかったような気がしていて。高校生の頃の僕らにとって、3ピースで出来る一番カッコイイことがギターロックだったから、なんとなくロックをしていたんだと思うんです。当時の僕が思い描いていたポップは、3人で作れるものではなかったから。

いろいろなことができるようになってきて、ようやく自分が本当に聴きたかった音楽を作れるようになってきたんじゃないかな」

『Future』収録曲“記憶の海を泳ぐ貴方は”

――〈聴きたかった音楽を作れるようになった〉とは、どのような意味でしょうか。

「僕はずっと〈自分が聴きたい音楽を作りたい〉という風に思いながら音楽をやってきていて。制作でパソコンに向かっているときも、作っているというより聴いている感覚なんです。

だから、アレンジから返ってきた曲を聴くときなんてのは、けっこう幸せに満ち溢れる時間。〈めっちゃいい! 僕が聴きたかった音楽だ〉ってなります。曲を作るということは、すごく幸せなことですね」