
〈感覚に圧倒される〉経験から生まれる曲たち
――実際、新しい場所に行こうとする思いや、聴き手に対して開かれたものであろうとする意志は、今作の収録曲たちから強く感じました。ここに収録された楽曲は、アルバム用に作られた曲たちですか?
「そういうわけではなくて、たとえば“ほころび”という曲は16歳頃からあった曲なんです。なにかのはじまりっぽい感じは作ったときから感じていたし、よくライブでも1曲目にやっていた曲で。
それに、“ひかり”と“つきのうみ”も少し前からありました。2019年か2020年頃、ゆうさりはソロプロジェクトとしてやっていって、別名義のバンドを組もうかと悩んでいた頃があって。その頃に〈とにかくバンドでやる曲を作ってみよう〉と思って作ったのが“つきのうみ”です。個人的にすごく大事な曲です。
“ひかり”は、クリスマスの曲を作りたくて。妹の通っていたのがキリスト教の幼稚園で、私が小学校3年生だった頃ですかね、妹の幼稚園でクリスマスの時期にキャロリングというイベントがあったんです。みんなで白いケープを着て、町中を歩いて歌を歌うっていう。私は違う幼稚園に通ったので、それが美しいなと思ったし、羨ましいなと思って。その景色に当てて作ったのが“ひかり”です。弾き語りでもやっていた曲ですけど、ずっと頭の中にはバンドアレンジのイメージが明確にありました」
――“ひかり”を作ったのはいつ頃なんですか?
「2020年頃です。今回のアルバムは結構前からある曲が多いんですよね。“冴える朝(Interlude i)”と“涙の港(Interlude ii)”は、それぞれ曲順の次にくる曲を説明したくて作った曲です。“ひかり”と“つきのうみ”は大事な曲なので、導入を前に持ってくることで、気持ちよく景色に入っていくことができればいいなと。
“うろこ”は、三期(ドラムの椿三期)と一緒にお家でコラージュを作ったり録音をしたりして遊んでいたときに作った曲ですね。そのときはキャッチーな曲を作りたいという思いに燃えていたんですけど、運よく、キャッチーな曲ができました(笑)。
“汐”はライブの導入やアルバムの1曲目になるような曲が作りたいと思っていたんですけど、ROTH BART BARONの『極彩色の祝祭』の1曲目の“Voice(s)”という曲に衝撃を受けて〈こういう曲を作りたい〉と思ったのも大きかったです。あと『この世界の片隅に』という漫画の1巻の最初の方の景色がすごく綺麗で、そのイメージにもなぞらえて作った曲です。
“幽霊”と“春の星”は、他の曲と並べたときに〈ここにどういう人がいたらいいかな?〉ということを思いながら作りました。明るめで、可愛らしさがある曲が作りたくて。どちらも友達と遊んでいるときの景色を思い出しながら書いた曲です」
――16歳の頃に“ほころび”を作られた頃のことは覚えていますか?
「覚えています。その頃、うつ病になって高校に行けなくなっちゃったんです。異様に重たい体を運びながら通学路を歩いていたとき、寒い時期で、異様に空が高くて、異様に月を白く感じて。そういう感覚に圧倒された日があったんです。〈感覚に圧倒される〉というのは、自分の中で大事なことなんですよね。辛いことでもあるんですけど。
それをずっと覚えていて、〈曲を作ろう〉となったときに、AとEの単純な解放感のあるギターのコードと、別で書き溜めていた歌詞で作りました。目から入ってきた景色や感覚を曲にした感じです。そのときの心理状況も含めて、自分にとっては思い出に残っている曲ですね」
――〈感覚に圧倒される〉ということは、今でも曲作りの源泉になっていると思いますか?
「そうですね、自分の中で大きいものだと思います。私は感覚過敏の特性があるんですけど、景色にしても、人とのかかわりにしても、一つひとつの体験に圧倒されることは大きいです。
そういうふうになにかを感じたときに、それをiPhoneに書き溜めておいて、寝る前に歌詞に組み上げていくんです」