フルートのレパートリーは、こんな吹き手と共に進化を遂げていく。
新作初演も通じて深く掘り下げる自らの音楽的地平。
去る3月に来日したエマニュエル・パユと取材の機会を得た。挨拶代わりの話題は彼が取り組んだばかりの新作、サミー・ムーサのフルート協奏曲。昨年12月にパリで世界初演を果たし、今年2月末のデトロイトにおけるアメリカ初演も話題を呼んだ。こうして毎年1曲は新たなコンチェルトを世に送り出し、それも1回だけの機会に終わらせず〈持ち芸〉として各地で披露(11月に予定される読響との共演も、彼が2018年に初演したマヌリの“サッカード”)……。本当に特別な活躍が約束された笛吹きだ。
そんなパユの最新盤はフルート協奏曲集。彼に捧げられた細川俊夫の“セレモニー”が、プログラムの要よろしく最後に鎮座する。ちなみにこちらは2022年9月にチューリヒ・トーンハレ管と世界初演。同年10月にオーケストラ・アンサンブル金沢と日本初演が実現している。
「この2団体の共同委嘱作品なのです。ホールの特性もオーケストラの規模も異なるシチュエーションのもとで立て続けに演奏した経験は、作品世界の深い理解に結びつきました。“セレモニー”において独奏者は〈シャーマン〉の役割を受け持ち、楽器を操る息使いと連動した呪術的なメッセージに、宇宙や自然を象徴するオーケストラが様々に反応する。その点でいえば、金沢でのステージは室内楽的な感興の高さが強く記憶に残っています。逆に壮大なサウンドが超自然的なものを現前させる場面も、この曲には備わっている。今回の録音は機能性に富むオーケストラと音響に優れたホール、そして知的かつ俊敏なストックハンマーの指揮を得て、多面的な要素を理想的なバランスで再現できました」

パユと細川作品の縁は、これに始まるものではない。2018年1月には盟友エリック・ル・サージュのピアノ、ジャン=ギアン・ケラスのチェロと共に三重奏曲“レテの響き”を、欧州4都市をめぐるツアーで世界初演している。
「ギリシャ神話に出てくる〈忘却の河〉をモチーフとした作品。毛筆で描く線の流れから彼岸の世界が浮かび上がるような雰囲気は、“セレモニー”と少なからず対照的です。楽器同士が交わす対話の図式にしても、より内向的な方向に傾いている。題材に応じて使いこなす語彙や、そのスタンスの変化を興味深く受けとめましたね」
前記の3人が〈ザ・フレンチ・コネクション・イン・トウキョウ〉と銘打った来日公演でも、既に2回取り上げている“レテの響き”。いずれは満を持してのレコーディングを期待したい。
今回の新譜に話を戻そう。細川作品に先立って配されたクリストファー・ラウスの協奏曲は1993年の所産。同じ年にイギリスで起きた幼児惨殺事件が筆をとる契機となったものだ。
「作品の感情的な核をなす第3楽章には、被害者への思いが託されています。それを取り囲む急速な第2楽章と第4楽章は、ある種の暴力性が悲観論的なタッチも交えながら描かれている。曲の導入部と終結部をなす第1楽章と第5楽章は共通の素材に基づき、人間が希求すべき平和を扱っています。こうした〈魂の旅〉を、ラウスが彼自身のルーツをなすものとして掘り下げたアイルランド的な音使いが支えていくのです。作品のドラマ性にとらわれず、その音使いを構築する書式を的確に表出できるかどうかが、演奏の成否を握る鍵だととらえています」
そしてアルバムの冒頭に置かれたのはプロコフィエフのソナタ。オリジナルはピアノ伴奏版だが、パユは今回の編曲を「プロコフィエフ的なオーケストレーションの試み」として高く評価する。それを実現したのはベルリン・フィルの同僚にして、この手のアレンジに示す多才ぶりで知られるチェロ奏者シュテファン・コンツ。
「同じ作曲家のバレエや交響曲からのエコーが確かに感じとれます。ピアノ・パートの音符を管弦楽に移し換える作業にとどまらず、オーケストラ曲として自然に響かせるための補筆も的確。プロコフィエフを熟知したコンツだからこそ完成できたスコアです。それが今回のアルバムのため特別に準備されたのは、本当に光栄なこと!」
いずれは実演にかけたいと意欲を燃やす。パユの〈持ち芸〉が、またひとつ増えそうだ。
エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud)
6歳でフルートを始め、パリ国立高等音楽院でM. デボスト、A. マリオンらに師事。神戸国際フルートコンクール第1位、92年のジュネーヴ国際音楽コンクール第1位を獲得したのち、ベルリン・フィルハーモ ニー管弦楽団の首席ソロ奏者に就任。ソリストとして、アバド、バレンボイム、ブーレーズをはじめとする巨匠と共演。日本での公演も多く、リサイタルやマスタークラスも行っている。
LIVE INFORMATION
レ・ヴァン・フランセ
2026年11月20日(金)茨城 水戸芸術館
開演:19:00
2026年11月21日(土)東京 三鷹市芸術文化センター
開演:14:00
2026年11月22日(日)鹿児島 霧島国際音楽ホール(みやまコンセール)
開演:14:00
2026年11月23日(月・祝)三重県文化会館
開演:14:00
2026年11月24日(火)東京・後楽園 文京シビックホール
開演:19:00
2026年11月25日(水)静岡・浜松 アクトシティ浜松
開演:18:45
2026年11月26日(木)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
読売日本交響楽団に客演
2026年11月29日(日)神奈川 横浜みなとみらいホール
開演:14:00
2026年11月30日(月)東京・赤坂 サントリーホール
開演:19:00
吉野直子とのデュオ
2026年12月4日(金)埼玉 川口総合文化センター・リリア
開演:19:00
無伴奏リサイタル
2026年12月5日(土)群馬 高崎芸術劇場 音楽ホール
開演:14:00
2026年12月6日(日)東京 王子ホール
開演:14:00