未知なるものを自身の目と耳と肌で体験せよ!
〈作曲家だけどさめた観察者の視点を持っていた柴田南雄に対し、秋山邦晴は批評家だが熱い当事者の視点を持っていた〉云々と評したのは高橋悠治。さすがの慧眼である。20世紀の内外の前衛音楽を中心に、映画や現代美術、モダン・ダンスなど様々な分野でボーダーレスな批評活動を続けた秋山(1929-96)は、常に現場の最前線に身を置いて自身の目と耳と肌で実相をとらえ、体感としての言葉をまっすぐに発し続けた人だった。クリエイター的/実践的批評家と言ってもいい。実際彼の活動の起点は、51年に武満徹らと結成した総合芸術グループ〈実験工房〉にあり、60年代には自身もテープ音楽作品を作ったりフルクサス運動に関わったりもした。評論家/研究者としての著書「現代音楽をどう聴くか」「日本の映画音楽史I」「エリック・サティ覚え書」などからは私も随分学ばせてもらい、70~80年代にはいろんな雑誌原稿にも目を通していたわけだが、彼が1980年9月から亡くなる前年の95年12月まで公明新聞にほぼ毎月長文コラム(レコード評、コンサート・リポートなど)を連載していたことは知らなかった。本書はその全コラム計172回分を集成したもので、年譜などの資料欄も含めて約850ページという大著だ。

題材の多くは彼の主戦場たるクラシックの現代音楽であり、また個人的に関係の深い武満徹や高橋アキ(秋山の再婚相手)周辺の話題が多いが、それでも雅楽や歌舞伎や能といった日本の伝統芸術、韓国やタイやソ連などの大衆音楽を含む新しい動向、最新テクノロジーや環境と表現の問題、そしてパウル・クレーやマルセル・デュシャンのアートなど、様々なテーマを政治や経済も絡めながら縦横に論じてゆく視野の広さと熱量、そして跳躍力はなんとも痛快である。あと、坂本龍一をかなり高く評価してたりもするし、海外の取材報告記事も少なくない。〈前衛』という大枠内ではあるが、これほど広範囲に横断的批評を心がけ、共振者として、時には扇動者としての声を発し続けた者は他にいないだろう。
秋山の逝去と前後して世界はネット万能時代に突入していったわけだが、均質化された情報の上澄みが万人に共有され、アルゴリズムまかせのスマホがお勧め音楽を押しつけてくる悲しく退屈な今だからこそ、秋山のギラついた眼光がより生々しく迫ってくる。自分自身の身体で世界を知覚することのスリルと意味を、今一度かみしめたい。