武満徹の映画音楽の才能はめったにないもの

 武満徹は〈音〉の感覚は他の人間にめったにないほど優れていた。音の一つ一つを敏感に感じて、それがどのような効果があるかを理解していた。これは作曲家としての武満徹とは別の才能だった。多くの映画監督も、このような〈音〉の付け方は出来なかった。武満徹が音楽を担当している映画は、必ずしも一人で作曲しているわけではなかった。ロックのマジカル・パワー・マコ、電子音楽には秋山邦晴、ピアノ作品に一柳慧や高橋悠治等がクレジットされていたりする。篠田正浩監督の「心中天網島」ではバリ・ガムランやトルコの祭り笛と太鼓の音をそれまで誰にも思いつかないような見事な音の付け方をしていた。ザ・クラッシュというパンク・バンドのジョー・ストラマーもアレックス・コックスに映画音楽を頼まれた時、監督と共に武満徹の音楽の付け方を研究してから自分の音楽を作り出した。

「おとし穴」
©1962 草月会

「他人の顔」
©1966 草月会

 特に上映リストに入っている勅使河原宏監督の映画は、武満徹の音楽が世界中で注目された。「他人の顔」は弦楽の曲がテーマで始まり、電子音楽もあれば、武満徹の歌曲としての名曲の一つ〈ワルツ〉が含まれている。この曲は、どのジャンルのものとは言えないほどの個性的な魅力を持っている。僕自身は、この曲に中東のリズムを与えた上でサイケデリック・フォークのようなアレンジで歌って来た。この一つの映画だけでも武満徹の音楽のいろいろな面が聴ける。

「砂の女」
©1964 草月会

 近年、安部公房の「砂の女」と「他人の顔」がアイデンティティの問題を扱っているということでアメリカや英国で話題になっている。自分の本来の顔を事故で失くして、「他人の顔」で生きると言うのは性格さえも変わってしまうことである。主人公は黒人として生きることや差別されて生きていくことを考える。自分の今までの社会の立場を失って、遠く離れた砂の中で知らなかった女の人と過ごす「砂の女」の男。自分とは何か? 自分の生きる環境が変わると自分はどう変わるのか? これは民族、人種、ジェンダーとは何か、という問題につながって行く。今まではアイデンティティがあいまいな人ほど過激なカルト教や政治集団に誘われやすかった。しかし、遺伝子を科学的に調べると〈民族〉とはウソであって、全ての人の中にいろいろな遺伝子が混ざっているために、それを育てた環境の方が重要になって来ると多くの科学者が書いている。

 今回の映画祭ではショート映画や篠田正浩、羽仁進、小林正樹、成瀬巳喜男、松本俊夫、ドナルド・リチー等のめったに見れない映画作品も上映される。今回、上映される映画の音楽は現在廃盤になっている小学館の武満徹全集に入っている。Ayuoがこの企画のためにアレンジした勅使河原宏と恩地日出夫の映画の曲は許可を頂いてネットのayuo.bandcamp.comにアップされています。

 


INFORMATION

特集 日本の映画音楽家I 武満 徹
2022年3月26日(土)~2022年4月15日(金)東京・渋谷 シネマヴェーラ渋谷​
1週目:土砂降り/乾いた湖/彼女と彼/日本脱出/乱れ雲
2週目:からみ合い/自動車泥棒/あこがれ/青幻記 遠い日の母は美しく/火まつり
3週目:女体/最後の審判/めぐりあい/日本の青春/弾痕
2本立て:熱海ブルース/京 氣 BREATHING/白い朝(4カ国合作オムニバス映画「15才の未亡人たち」の日本編)
特別上映:おとし穴/砂の女/他人の顔
http://www.cinemavera.com/preview.php?no=274

武満 徹 トークショー
2022年3月26日(土)東京・渋谷 シネマヴェーラ渋谷
開演:13:05 「彼女と彼」上映後
ゲスト:武満真樹
聞き手:樋口尚文

2022年4月2日(土)東京・渋谷 シネマヴェーラ渋谷
開演:13:25 「青幻記 遠い日の母は美しく」上映後
ゲスト:高橋アキ
聞き手:高崎俊夫

http://www.cinemavera.com/info.php