クストリッツァ節が炸裂した奇想天外な恋愛冒険物語!
ディエゴ・アルマンド・マラドーナのドキュメンタリー「マラドーナ」に続く「アンダーグラウンド」「黒猫・白猫」で知られるエミール・クストリッツァ9年ぶりの新作「オン・ザ・ミルキーロード」。2016年のヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門で上映され、集まった観客の度肝を抜いた本作は、2014年に公開されたオムニバス映画「Words With Gods」の一編「Our Life」から発展した長編作品だ。その短編と同じくクストリッツァ監督自身が主演を務めていることもトピックスだったりする。主人公は、戦争が長引いているとある国の小さな村で、ロバに跨って戦火を掻いくぐりながら日々ミルクを配達するコスタ。元ミュージシャンという過去を持ち、村祭りではツィンバロムの達者なテクニックを披露したりもする。そんな彼には父親が目の前で敵に斬首されるという辛い経験があり、彼の人生に暗い影を落としていた。ある日コスタは、村にやってきたミステリアスな美しい花嫁に運命的な何かを感じる。心に闇を持つ者同士、すぐに惹かれ合っていくのだが、そこに予期せぬ大事件が勃発、ふたりの必死の逃避行が始まるのだった。
追っ手から命からがら逃げ伸びながら、よりいっそう燃え盛っていく恋のほのお。そんなふたりの儚い悲恋が描かれていくわけだが、当然のごとくストーリーはおいそれと進んではいかない。たえず画面を横切っていくのは、けたたましい鳴き声を上げるガチョウの団体をはじめとする無邪気な表情をした動物だったり、クレイジーな動きをして人間を傷つける大きな古時計だったり、耳をつんざくような狂騒的なジプシー・ブラス・サウンドといったクストリッツァ的景観を構成する諸要素だ。ダンス好きのハヤブサを肩に乗せた主人公の人物造形、曲がりくねりながら進んでいくクストリッツァ的リズムの妙など彼らしさがとにかく満開で、奇想天外なエミール・クストリッツァという祭りが賑やかに繰り広げられていく。戦争に対する怒りや現代社会への痛烈な批判や残忍なユーモアなどを散りばめながら、画面全体を獰猛なまでの生気で満たしていく、その活力の源泉がいったいどこからくるのかまったく想像がつかないところも従来の作品と同じであるが、それにしても全編に渡って漲っているエネルギーは圧倒的というほかない(さまざまな動物と共演するシーンも徹底して本物にこだわり、撮影はトータルで3年の月日を費やしたという)。
硝煙の匂いが立ち込めるサーカスのような戦場でロバにゆらゆら揺られていた主人公が必要に駆られて走り出さねばならなくなる後半の飛躍ぶりがとにかく素晴らしい(物言わぬ不気味な兵士たちとの壮絶な追いかけ合いには、往年の西部劇映画へのオマージュが読み取れて嬉しくなったりもした)。今回、地獄の逃避行の道連れに選ばれたのは、かのモニカ・ベルッチである。フランシス・フォード・コッポラの「ドラキュラ」でハリウッド・デビューを飾り、ジュゼッペ・トルナトーレ監督作「マレーナ」やウォシャウスキー兄弟の「マトリックス」シリーズなどに出演、ボンド・ガールも務めたことがある絵に描いたようなイタリア美女を見事キャスティングできたことでほぼ勝利は確定できたと言えるが、スター女優を迎えたからといって、クストリッツァのやることに何ら変わりはなく、さまざまな無茶を強いながら屈曲した愛情を示していく。真っ暗闇の井戸の中に宙づりにされ、銃弾を掻いくぐりながらのたうち回ように水辺を駆け抜け、羊の大群に踏みつぶされたりしながら進んでいくふたりの危険な冒険。振りかかる災難や困難のなかで彼女の表情がじわじわと歪んでいくのがわかるのだが、泥に塗れれば塗れるほど美しさが増し、より輝きを放っているのがやはり流石というべきか男にとってまさに夢の女性を演じ切っているところが素敵だ。コスタを追いかけ、全身ミルク塗れになりながらかすかな笑みを浮かべるシーンなんかもゾクッとするほど素晴らしかった。
銃撃音や爆発音を通奏低音したこの不可思議極まりない恋愛アドヴェンチャー。鼓膜がビリビリと震えるような音響の凄まじさと同様に終始派手に鳴り響く音楽も魅力満点だ。音楽を担当しているのは、2001年作「SUPER 8」以降ずっとそのポジションに就いているストリボール・クストリッツァ。ご存知、クストリッツァ監督の実子であり、父が率いる名物バンド、ノー・スモーキング・オーケストラのメンバーでもある。そんな彼が生み出す緊張感あふれるサウンド、変幻自在なリズムは、映画全体のイメージを豊かに広げていく役割を担っている。聞けば、日本公開に合わせてザ・ノー・スモーキング・オーケストラが来日することが決まったようだ。一夜だけ開催されるライヴは見逃し厳禁のプレミアム・イヴェントとなるだろう。さまざまなジャンルを呑み込んだ独自のサウンド、ウンザ・ウンザ・ミュージックの不思議なパワーに酔いしれる機会がふたたびやってくる。いまから胸が高鳴りっぱなしだ。
FILM INFORMATION
映画「オン・ザ・ミルキー・ロード」
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ
出演:モニカ・ベルッチ/エミール・クストリッツァ/プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ/スロボダ・ミチャロヴィッチ
配給:ファントム・フィルム (2016年 セルビア・イギリス・アメリカ 125分)
©Love and War LLC 2016
2017年9月15日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!
https://onthemilkyroad.jp/