エミール・クストリッツァらしさが遺憾なく炸裂したときの状態とはこれほどまでに強烈な爆発力を生み出すのか。そんな印象を抱かせる9年ぶりの新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』が公開される。おまけに、彼らしい大らかな愉快さと鋭利なユーモア、自由さとパンク・スピリットに彩られた音楽楽団、ノー・スモーキング・オーケストラを引き連れてひさびさの来日公演まで行うというではないか。これは何をさておいても“ウンザウンザ”と掛け声をあげながら会場に駆けつけるしかない。
世界的な名匠、クストリッツァが中央で指揮を執るこのパンキッシュなダンス・バンド。彼の映画に使用されているような猥雑さたっぷりのジプシー・サウンドにスカ、ファンク、ラテン、ハード・ロックなどをミックスさせた“ウンザ・ウンザ・ミュージック”を提唱し、世界的な人気を博している。オープンな音楽性がモットーとする彼らだが、そんなバンドのスタイルや姿勢に感銘を受け、また最高なパーティーを共に楽しみたいと希望する観客がこの晩ZEPP TOKYOに大勢集結していた。
たった一夜限りの公演というプレミア感も彼らの期待を煽っているようで、開演前からざわつきがハンパない。そしてライヴがスタートするやいなや、まったくの予想通りにお祭り広場と化すフロア。ステージ上には耳をつんざくような快楽的音楽がビュンビュンと飛び交い、上でも下でも踊れや騒げやの大騒動が繰り広げられている。メンバーたちの客いじりの上手さも特筆もので、お客を大勢ステージに引っ張り上げて、いっしょにダンスに興じるのみならず、腕立て伏せや腹筋を強いるという軍隊ばりのもてなしを行ったり。そんな失笑モノのおふざけタイムがまた馬鹿みたいに盛り上がるのである。
でも冷静になってじっくり耳を凝らせば、テンポやリズムの多彩な変化をものともしない精妙なバンド・アンサンブルに唸らされることもしばしば。自由なイマジネーションが変幻自在に織り込まれた独自のサウンドは、クストリッツァの諸作品のように、どこまでも狂騒的でエネルギッシュ。サービス精神旺盛で人懐っこいんだけど、ラジカルで煽情的、そしてつねに猥雑な空気感を失わないところも流石だ。やはり会場がワッ!と反応するのは、「アンダーグラウンド」の印象的な旋律がフィーチャーされた《Drang Nach Osten》をはじめ、映画関連の楽曲がプレイされたとき。かつて映画館で味わった闇雲に走り出したくなる衝動を皆が思い出したかのように、ジャンプの輪が大きく広がっていくのが見えた。
終盤、仮面ライダーの変身ベルトみたく光りながらクルクルと回転するギターの登場、スタッフの女子たちに長~い弓を持たせてヴァイオリンを弾く曲芸コーナーも大盛況。そして、こんなくだらなさと面白さの紙一重、正気と狂気の挟間で不敵な笑みを浮かべるクストリッツァ親分の存在感がやっぱスゲエと感心することしきり。いずれにせよ、彼らがいまもなお世界最高峰のロック・バンドであることが確認できた素晴らしい一夜だった。
CINEMA INFORMATION
『オン・ザ・ミルキー・ロード』
世界三大映画祭を制覇した『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』の エミール・クストリッツァ監督9年ぶりの新作! スクリーンから溢れ出る圧倒的なエネルギーと、予測できない奇想天外なストーリー! 戦争が終わらない国を舞台に、ミルク運びの男と美しい花嫁の愛の逃避行が始まる。
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ
出演:モニカ・ベルッチ/エミール・クストリッツァ/プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ/スロボダ・ミチャロヴィッチ
配給:ファントム・フィルム (2016年 セルビア・イギリス・アメリカ 125分)
(c)Love and War LLC 2016
◎9/15(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!