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お気持ちミュージック

 過去作ではベッドルーム・ミュージック的な路線を歩んできた印象の湧だが、本作ではそこから軽やかにジャンプし、多くのリスナーに開かれた表現を指向。サウンドの振れ幅も広く、ローファイなインディー・ロック風からレトロなエレクトロ・ポップ、ギター・ポップ調まで、ヴァラエティーに富む7曲が同居している。共通するのはどの曲もメロディーが立っているところ。ちなみに『Train Pop』は過去作同様、セルフ・プロデュースだ。

 「最初から最後まで、なるべく自分で音をコントロールしたいんです。そのほうが、進行が速いんですよね。外部のプロデューサーがいたら、なんか違うなと思った時にどう伝えかたがいいかわからないので。私のイメージが漠然としすぎているから」。

 そんな『Train Pop』は、2017年からMVがアップされていた“都心の窓から”で始まる。「思い入れが強い曲だったので、土台はそのままにしながら音を綺麗にしたかった」とのことだが、音響的にブラッシュアップされているのはもちろん、ラップと語りのあわいをゆくようなヴォーカルが印象的。一方でいわゆる〈エモい〉歌唱が見られる場面もあり、楽曲ごとに喜怒哀楽をストレートに打ち出している。

 また、一度耳にしたら忘れられない歌詞にも目を瞠る。〈2倍の濃度で生きたら1/2で死ねるかな〉というフレーズが鮮烈な“サマータイトル618”、〈2020年のロックはSNSでした〉〈生きることが作業に思えて来た〉というパンチラインが効いている“ラブソング”など、平易な言葉で本質を射抜く歌詞で溢れている。

 そして、棹尾を飾る“alley”については、「最後に持ってきたのは理由があって。絵本みたいな曲なので、寝る前にそれを読み聞かせて終わるみたいな感じですね」と湧は語る。「一人の時間が長くなると、どんどん妄想が膨らんでいってしまって、現実から乖離してしまうんですよ。今はコロナ禍で人に会いたいけど、それも難しい。そういう心境は今回の歌詞にも影響していると思いますね」。

 そうした状況のなか、湧は今も部屋にこもってコツコツと曲を作り続けている。なお、湧が好きな音楽は、例えば大森靖子に感じるような「お気持ちミュージック」だそう。魂を込めて、身を削って作られた音楽を意味するとのことで、自分もそれをめざしているという。

 バッハからアニソンまで、エレクトロ・ポップからギター・ポップまで、宅録からバンド・サウンドまで――今回のアルバムには多様なエレメントが同居している一方で、リスナーが想像を巡らせる奥行きと幅が設けられている。ベッドルーム発、宇宙行き。どうか、『Train Pop』を聴いて未知の世界へと旅に出てほしい。