京都のワンルームから見知らぬ街へ、海へ、宇宙へ——さまざまな世界と繋がる〈お気持ちミュージック〉で物語を紡ぐシンガー・ソングライターの背景は……?

自室からさまざまな世界へ

 京都のワンルームで猫と暮らしながら、主に宅録で音楽を作ってきた99年生まれのシンガー・ソングライター。このたび初のミニ・アルバム『Train Pop』を発表した湧(わく)について簡潔に形容するならそうなるだろうか。湧は取材の冒頭、温和な口調でこんなふうに自己紹介をしてくれた。

 「私は物語性の強い曲――私の部屋が海なり宇宙なり知らない街なり、いろいろな世界と繋がるような音楽を作っています。聴いてくれた方が、曲の主人公になったように思ってもらえれば嬉しいです」。

 その発言を裏付けるのが、年初にネット上で公開された“ソーリョベルク幻想曲”。妄想めいた物語が全面に表出した曲で、1曲の中に9つのパートが設けられた組曲形式となっている。

 「あの曲には、私の好きなバッハやトム・ヨーク、アニソンからの影響が反映されています。トム・ヨークは特に『The Eraser』が好きで、“Black Swan”は狂ったようにリピートしてました。タイトルはバッハの〈ゴルトベルク変奏曲〉から。5歳からピアノでバッハの曲をたくさん弾いてきました。バッハの音楽は、計算され尽くしているところや、パズルを組み合わせるように緻密に作られているところが魅力ですね。〈ゴルトベルク〉ならアンドラーシュ・シフのヴァージョンがいちばん好きです」。

 その後、高校の軽音部でバンドを組み、リード・ギターを弾いていたという。

 「ジョン・メイヤーは、ジョン・メイヤー・トリオで知ってからライヴ映像をキャーキャー言いながらよく観てました。彼に憧れて、同じ白黒のストラトキャスターを買ったんです。“Good Love Is On the Way”とかカヴァーしたりして、当時やってたバンドのSEで流してた時期もあります(笑)。でも、周りにジョン・メイヤーを知っている人がいなくて、〈誰それ?〉って(笑)。そのうちアコギを弾きながらオリジナルを作りはじめて、ようやくミニ・アルバムとして出せたのが『Train Pop』です」。

 “ソーリョベルク幻想曲”が湧のアヴァンギャルド・サイドだとすると、『Train Pop』はポップ・サイド。両者は相互補完的な関係にあるが、「最初に聴いてほしいのは『Train Pop』。スッと入っていきやすいから」だと湧は述べる。確かに本作は痛快なまでにポップに振り切れた印象だ。

 「タイミング的にも過去の曲よりポップなものを作りたかったからです。“ソーリョベルク幻想曲”は何回も聴けるエンタメ寄りの音楽ではないと思うので、次はポップなものを持ってきたいと思ってました。それを意識して作ったのが『Train Pop』です。タイトルの由来は、電車みたいに、私の音楽で聴いているお客さんを物語の世界に連れていきたい、という意味です。でも、それが具体的にどういう物語かっていうのは聴く人それぞれでいいと思っています。自分の今ある状況に置き換えてもらってもいいし、想像した世界に行ってもらうのでもいい。どこか現実と違う世界にいってもらえればなと」。

 トラックを作るのはかなり時間も労力がかかり、骨が折れる作業だったという。

 「音のイメージとか曲の雰囲気は詞とメロディーが出来た時にあるんですけど、それを具体的に音楽に落とし込んでいくのにすごく苦戦して、時間がかかるんです。例えば、キックの音はここまで低音を足さないほうがいいなとか、全体的にデッドすぎるなとか。探り探りです。〈この歌詞にぴったりくるフレーズってどれだろう?〉とか悩んだり」。

 ちなみに湧はTVアニメ〈涼宮ハルヒ〉シリーズを愛好しており、そこに音楽面で関わっていた神前暁にも創作上で影響を受けているという。

 「アニメの影響は大きいですね。曲を作る時に映像が浮かぶので、その映像に合う音楽や、曲に繋がりそうな要素を探しています。映画とかアニメは音楽をやるうえでかなり重要です」。