5月に人気ピアニスト、ジョージ・ウィンストンの3年ぶりのニュー・アルバム『Night』が発売された。表題通りに夜をテーマに、アルバムを通して一貫したムードがあるという点では、80年代に彼を一躍有名にした『Autumn』他の季節四部作のようなコンセプト・アルバムではあるが、その選曲は彼の幅広い嗜好を反映したもの。美しい旋律の自作4曲に、スラックキー・ギターの演奏で覚えたものをピアノで弾いたハワイの曲、お気に入りのシンガー・ソングライターたち、アラン・トゥーサンやローラ・ニーロ、レナード・コーエンらの曲、そして喜納昌吉の名曲“花~すべての人の心に花を~”などで構成されている。
ジョージはかつて毎年のように日本にやってきたが、2011年の来日予定が体調不良で中止になったため、2010年のツアーを最後に、10年以上のご無沙汰となっている。というのは、2010年代前半に病気で療養した時期があり、この数年はもちろんコロナ渦で動けず、これほどの間が空いてしまったわけだ。
僕も2011年の東日本大震災の直後、心を深く痛めたジョージが日本の人びとの心を癒して励ますべく、“あこがれ”と“花”を特別に演奏したビデオ2本を送ってくれた際のやりとり以来、すっかりご無沙汰してしまった。今回、実に久しぶりにジョージとZoom経由で話をすることができた。
もう一度頑張ってやっていこう。ピアノ演奏をもっと向上させる努力をしよう
――ジョージ、本当にお久しぶりです。今日は新作『Night』について伺いますが、その前にこの10年間を簡単に振り返ってみましょう。2017年に『Spring Carousel』、2019年に『Restless Wind』と、2枚のアルバムを発表しましたが、病気の治療のために音楽活動を休んでいた時期もあったんですよね。
「しばらくはね。でも、10年で(新作を含めて)3枚のアルバムを出したんだから、僕にとっては通常のペースだと思うよ」
――『Spring Carousel』は全曲が自作曲という、あなたにとっては珍しい内容でした。そこにはニューオーリンズ・サウンドから、スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージックまでの幅広い影響が聴きとれます。また、表題に〈カルーセル(メリーゴーラウンド)〉とあるように、多くの曲に回転するイメージがあるのも興味深い。あなたは作曲をしようとはしていないと常に言いますが、どのようにアルバム1枚分以上の自作曲が生まれたんですか?
「2012年に骨髄移植を受けた※。治療を受けた施設には病院に隣接する患者の〈村〉があって、そこの講堂のピアノを弾く許可をもらい、療養中に練習を始めたんだ。毎晩弾いていたら、あれらの曲が浮かんできた。そして、その多くが円を描く動きを思わせるようなものでもあった。すべての曲が自然に生まれたんだよ」
――大病を経験して、人生に対する考え方や音楽への取り組みに何らかの影響をもたらしました?
「何であれ、人生で起きたことは音楽に影響するよ。でも、もう一度頑張ってやっていこう。ピアノの演奏をもっと向上させる努力をしようと考えているだけさ」
――2019年の『Restless Wind』はサム・クックの“A Change Is Gonna Come”から、バッファロー・スプリングフィールドやドアーズまでの曲までという選曲で、アメリカの歴史や最近の社会状況への声明をこめたアルバムとも言えます。
「ああ、そのようなものだ。インストだから(そのメッセージは)間接的だけどね。でも、基本的には、うまく組み合わされる曲を選ぶという、どのアルバムとも同じやり方で作っただけとも言えるね」
――あなたの世代にとって重要な曲が並んでいますね。
「君の世代にも重要だろ?」
――もちろんそうです。そして今も大きな意味を持つ曲ばかりですね。
「ああ、もちろん」
――これはトランプの当選をはじめ、近年の米国での反動的な保守勢力の台頭への反応だったのですか?
「いや。そういったことは全然考えてなかったね(と言いつつもニヤリとした)」
――さて、コロナ渦で行動が制限される状態が続きましたが、どのように過ごしていました?
「もちろんピアノの練習はしていたけど、同時に、その手を休めることもできたね。他のアーティストたちについてのエッセイを書いていた。以前からやりたかったんだけど、これまでは時間がとれなかった」
――どこで発表する文章ですか?
「ライナーノーツのためだ。(ジョージのレーベル、ダンシング・キャットが)新しい配給会社と契約したので、スラックキー・ギターのアルバムをあと11枚出すんだ。その準備をしていた。いや、新たに録音したものでなくって、2004年以前に録音した未発表のものだ。発売は来年か再来年になると思うけど」
――ダンシング・キャットが発売した40枚ほどのスラックキー・ギターのアルバムは、ハワイの素晴らしい音楽の伝統を世界に紹介するのに大きな貢献をしました。さらに、2011年のジョージ・クルーニー主演のハワイが舞台の映画「ファミリー・ツリー(The Descendants)」が全編でその音楽を使って、スラックキーに新たな関心を呼び起こすことになりましたね。
「僕はその映画を観ていないんだ」
――えっ、全編でダンシング・キャットの音源を使っていたじゃないですか。アカデミー賞の脚色賞もとった映画で、その音楽もかなり評判になりました。
「使用の許可を与えた。その企画を進めていいって。映画との係わりはそれだけさ。僕にはそういったことにそれ以上係わる時間はないんだ」