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©Simon Pauly

――2019年まで3シーズン、シカゴ・リリックオペラに所属、同年夏には長野県のセイジ・オザワ松本フェスティバルで急病の外国人歌手に代わり、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」(ファビオ・ルイージ指揮)で電撃的な主役デビューを飾りました。オペラのキャリアに関しては、どう考えていますか?

「シカゴでは欧米の歌劇場のスタンダードを知り、何度も公演を重ねる中でどうコンスタントに歌い、アーティストとしてどこを目指せばよいのかを考える機会を授かりました。演出家や指揮者との仕事の進め方についても、得るところが多かったです。『オネーギン』はたまたま、シカゴ在籍中にマリウシュ・クヴィエチェンをカヴァーした経験があります。ゲネプロに立ち会っていたら第3幕の途中に突然、〈ミスター大西、至急ステージへ〉とアナウンスがあり、駆けつけると衣装やメイクのスタッフがわっと集まり、僕をオネーギンにしていきます。クヴィエチェンがダウン、難関の最終場面を代わりに歌った経験が松本でも生きました。ヨーロッパの主要歌劇場でも、アメリカで教育を受けた若手が席巻している印象はあります。僕は東急財団の五島記念文化賞の奨学金で半年ほどウィーンにいた時期もあり、シカゴの後はヨーロッパの歌劇場に進出することも考えていました。目下はコロナ禍で足踏み状態ながら、フランクフルト・オペラの音楽総監督でもある読売日本交響楽団常任指揮者、セバスティアン・ヴァイグレさんには日本で声を聴いていただき、読響楽定期演奏会(2022年9月20日、サントリーホール)でシュニーダーの“聖ヨハネの黙示録”とブラームスの“ドイツ・レクイエム”を独唱する話が決まりました」

――今後、歌いたい役をいくつか教えてください。

「アメリカではヒューストン・グランドオペラに出演、『トゥーランドット』(プッチーニ)のピンを歌ったこともあります。意外に出番が多く、国際的に活躍するソプラノの先輩、中村恵理さんには〈ピンは出世役よ〉と言われました。今は1つ1つ、自分の声=現在はカヴァリエ・バリトン=に合った役をきちんとこなしていくつもりです。『ラ・ボエーム』(同)のマルチェッロ、『ファウスト』(グノー)のヴァランタン、『イル・トロヴァトーレ』(ヴェルディ)のルーナ伯爵などは、今すぐにでも歌いたいと思います。『ファルスタッフ』(同)のフォードは、やはりルイージ指揮のオザワ松本フェスティバルでカバーに入ったことがありましたが、声楽的に難しい役です」

――日本では声の現状、変化に応じ、役を選ぶのが難しいですね。

「いきなりヴェルディの後期やワーグナーの重い役を与えられ、機会を逃したくないから受けてしまい、声を傷めてしまうケースもあります。アメリカは極めて保守的といえ、レパートリーの組み方には〈注意しろ〉と厳しく教えられました。もう1つ、日本とアメリカで際立って違うのは、オペラの演技の指導法です。日本では〈型〉から入るのに対し、アメリカでは〈内面〉から入り、ハリウッド映画の近距離=アップで撮られたとしても通用する水準まで鍛えられます。僕の場合、シェイクスピア演劇専門の先生からモノローグ(独白)を叩き込まれたことが、オペラの演技でも非常に役立ちました。コロナ禍は大変な出来事ですが、ニューヨークの恩師にリモートでレッスンを受け、自分の声を大きく変化させることもできたので、今後の糧とします」

――楽しみです。ありがとうございました。

 


大西宇宙(おおにし・たかおき)
欧米の歌劇場や音楽祭、コンサートホールで活躍を重ね注目を集める若きバリトン。武蔵野音楽大学及び大学院卒業。ジュリアード音楽院の大学院に学ぶ。アメリカ三大歌劇場の1つにも数えられるシカゴ・リリック・オペラの所属歌手として活躍し、世界初演となるオペラ「Bel Canto」で、アメリカのプロ・デビューを飾った。令和初年度第30回五島記念記念文化賞オペラ新人賞、及び第30回日本製鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞を受賞。

 


寄稿者プロフィール
池田卓夫(いけだ・たくお)

1981年に新聞社入社。フランクフルト支局長時代、〈ベルリンの壁〉崩壊や旧東西ドイツ統一を報道。帰国後は文化部編集委員を長く務めた。2018年以降〈音楽ジャーナリスト@いけたく本舗〉の登録商標でフリーランス。執筆の他にプロデュース、解説MC&通訳、コンクール審査などを手がける。東京都台東区芸術文化支援制度、アクロス福岡シンフォニーホールなど地域文化関係のアドバイザーも歴任。公式ホームページ https://www.iketakuhonpo.com/

 


LIVE INFORMATION
CD発売記念コンサート
大西宇宙 × 小林道夫 デュオリサイタル

2022年10月5日(水)東京 紀尾井ホール
開演:19:00

■曲目
ベートーヴェン:「遥かなる恋人に寄せて」op.98/シェーンベルク:2つの歌曲op.1/シューマン:「詩人の恋」
https://kioihall.jp/20221005k1900.html

 

読売日本交響楽団 第621回定期演奏会
2022年9月20日(木)東京・赤坂 サントリーホール
開演:19:00
出演:セヴァスチャン・ヴァイグレ(指揮)/読売日本交響楽団/ファン・スミ(ソプラノ)/大西宇宙(バリトン)/新国立劇場合唱団

■曲目
ブラームス:ドイツ・レクイエムス/ダニエル・シュニーダー:聖ヨハネの黙示録(日本初演)
https://yomikyo.or.jp/concert/2022/01/621.php#concert

 

オーチャードホール × 假屋崎省吾
ヴェルディ 歌劇「椿姫」(演奏会形式・字幕付)
〈Bunkamuraシアター・オペラ・コンチェルタンテ2022〉

2022年10月7日(金)東京・渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
開演:18:30
2022年10月10日(月・祝)東京・渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
開演:14:00
出演:サッシャ・ゲッツェル(指揮)/森麻季(ソプラノ)/山本耕平(テナー)/大西宇宙(バリトン)/林美智子(メゾ・ソプラノ)/大槻孝志(バリトン)/成田博之(バリトン)/斉木健詞(バス)/東京フィルハーモニー交響楽団/新国立劇場合唱団
https://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/22_latraviata/