「小林先生は僕の音楽を良く聴いて尊重し、とても自然に自由に歌わせてくださいました」
――バリトンの大西宇宙、小林道夫とドイツ歌曲集をリリース
目下、オペラからオーケストラ演奏会、リサイタルまで引っ張りだこのバリトン歌手、大西宇宙(おおにし・たかおき=1985年東京生まれ)が日本楽壇の最高齢男性ピアニスト、小林道夫(1933―)とドイツ歌曲(リート)デュオのCDをBRAVO RECORDSからリリースする。2022年6月7~9日にJ:COM浦安音楽ホールでセッション録音したのはシューマン“詩人の恋”作品48、ベートーヴェンの“遥かなる恋人に寄せて”作品98、シェーンベルクの“2つの歌曲”作品1と、幅広い時代の難易度の高い作品ばかり。若者の果敢な挑戦を長老が味わい深く支えている。
――小林さんとは、どのようにして出会ったのですか?
「2020年に第30回日本製鉄音楽賞(2019年度)のフレッシュアーティスト賞をいただいた時、特別賞の受賞者が小林先生でした。2020年7月に予定された受賞記念コンサートはコロナ禍で中止となり、翌年、第31回のフレッシュアーティト賞を受けたフォルテピアノ奏者の川口成彦さんの記念コンサート(無観客配信)に小林先生と私がゲスト出演した際、初めてじかにお会いしたのです。プレイエルの古いピアノと歌える貴重な機会をとらえ、かねて大好きなベートーヴェンの“遥かなる恋人…”を小林先生と共演、アンコールは川口&小林の連弾とともにブラームス、シューベルトでした。小林先生は〈好きに歌っていいですよ〉とおっしゃいましたが、巨匠を相手に本当に自由に歌っても良いのか、戸惑いました。しかし、先生は僕の音楽を良く聴いて尊重し、とても自然に自由に歌わせてくださいました。同じ曲をディートリヒ・フィッシャー=ディースカウはじめ、世界の名歌手と何度か録音され、とりわけ第5曲と第6曲のところの間奏に関しては、小林先生が最も美しく弾かれるピアニストだと思います。今回のCDのお話をいただいた時には即、〈ピアノは小林先生で〉とお願いしました」
――選曲も2人で検討を重ねた、と聞いています。
「小林先生は90歳近い今もすごく勉強をされていて、“詩人の恋”でも第9曲“あれはフルートとヴァイオリン”のピアノの難所に〈新しい弾き方を思いついた〉とか、ハイネとシューマンの関係についての考絵を改めるとか、絶えず新しいものが生まれてくるそうです。録音に際しても〈何をやっても私が片棒を担ぎますから〉といい、現代のライマンまで色々な作品を提案されます。私は何度も聴いていただけるCDとして、先ずはスタンダードな選曲で行きたいと考え、最初に共演したベートーヴェンを軸に据えました。シェーンベルクは自分の声のカラーを出しやすい作品。現時点ではシューベルトよりシューマンのリリシズムの方が合っているとの判断から、“詩人の恋”を組み合わせました」
――大西さんの日本でのキャリアがオペラとコンサートに寄り、リートの印象は薄かったのですが、米国の音楽教育の優れた言語指導の反映か、ドイツ語が正確です。
「リートはリートでオペラに比べて細やかで繊細な部分に耳を傾けられ、大好きな分野です。ジュリアード音楽院でも芸術歌曲の勉強に多くの時間を割きました。ディクション指導のコーチはそれぞれの言語ごとに大勢いて、毎日のようにレッスンがあり、極端な場合は3時間以上も発音の指導だけを受けます。アメリカ人には研究熱心な傾向があり、色々なメソッドの開発に余念がありませんね。ドイツ物で僕が特に深く学んだ作品はマーラーの“さすらう若人の歌”“リュッケルト歌曲集”、ヴォルフ“イタリア歌曲集”、J・S・バッハ“マタイ受難曲”のイエス役などです」