
こだわり抜かれたサウンドプロダクションによる珠玉の楽曲たち
台湾の音楽評論家マー・シーファン(馬世芳)は、自身のラジオ番組「音樂五四三」に宋冬野を招いた際、本作のサウンドメイクにおけるクオリティの高さを高く評価している。これに対し宋冬野は、モダン・スカイ(摩登天空)からのリリースが決まり、勤勉な制作チームにも恵まれたことで、サウンドプロダクションに十分こだわることができたと語っている。
もともと〈麻油葉〉という自主レーベル(2011年、馬頔を中心に設立)に所属し、インターネット上で作品を発表していた宋冬野は、このアルバムが発売される数年前までは、〈楽器には感情を表現する力などない〉と考えており、〈歌詞以外の部分に感情を込めるなんて、意味がないと思っていた〉と、セルフライナーノーツの中で述べている。
しかし、モダン・スカイとの協力により、自主レーベル時代に生まれた珠玉の楽曲たちは、新たなアレンジが施され、楽器も加えられ、再レコーディングを経て丁寧に磨き上げられた。本作からは、〈音〉と真摯に向き合う姿勢が強く伝わってくる。アレンジには一切の無駄がなく、サウンドの輪郭や存在感は際立ち、まるで一本の映画を観ているかのような、豊かな映像喚起力と、作品全体を貫く確かな一貫性を備えている。
実際、宋冬野自身も本アルバムの制作過程で、毎日プロデューサーやレコーディングエンジニア、ミュージシャンたちと向き合う中で、〈音に込められた感情が、人の心を動かすことがある〉と気づき、自らの考えを改めたのだという。
アルバム冒頭を飾る“箱を抱えた少女へ(给抱着盒子的姑娘)”は、チェロの響きが印象的なインストゥルメンタル曲だ。シンガーソングライターが1曲目にインスト曲を据えるのは一見すると大胆な選択にも思えるが、映画のオープニングのように重厚で郷愁を誘うこの楽曲が先頭に置かれることで、アルバム全体の方向性が提示され、リスナーを宋冬野の世界へと誘う〈扉〉としての役割を果たしている。
アレンジもまた、細部に至るまで緻密に作り込まれている。“ドン・シャオジエ(董小姐)”では、シー・ジン(石婧)の素朴で可憐なコーラスが、宋冬野の声にやさしく寄り添う。“六階のビル(六层楼)”では、チェロとヴァイオリンが豊かに響き、ストリングスアレンジの美しさが際立つエレガントなチェンバーフォークへと仕上がっている。
さらに、深みのあるパーカッションで幕を開け、馬頭琴の幽玄な独奏へと展開する“安和橋(安和桥)”など、いずれの収録曲においても音の配置が的確で、〈この世界観を表現するにはこの音しかなかった〉と感じさせる説得力のある構成となっている。
本作は、宋冬野の声と言葉、そしてメロディーを軸としながらも、それらを支える巧みなアレンジによって、彼が描き出すセピア色の音の風景に、ほのかで繊細な色彩を添えている。
加えて、アルバム全編に散りばめられた環境音も、音像に奥行きを与え、ノスタルジックな情感を一層深めている。録音のクオリティやミックスにも細心の注意が払われており、音響表現への美意識は〈音響派〉と呼ぶにふさわしい完成度だ。