樫野有香(かしゆか)、西脇綾香(あ〜ちゃん)、大本彩乃(のっち)の3人からなるPerfume。2025年に〈コールドスリープ〉(活動休止)に入ったが、彼女たちの転機作『Perfume ~Complete Best~』がリリースから20周年を迎えた。Perfumeは1999年の結成から長い下積み期間を経て、2005年にメジャーデビュー。翌年8月2日に1万枚限定生産で発売された(2007年2月14日に通常盤が発売された)のが本作だ。ブレイク前夜の重要作で、グループの〈未来〉も変化させたアルバムについてPerfumeに詳しいライター黒田隆憲に綴ってもらった。 *Mikiki編集部

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Perfume 『Perfume ~Complete Best~』 徳間ジャパン(2006)

 

〈これから世に出るPerfume〉を定義したファーストにしてベスト

Perfumeにとって初のベストアルバムは何か。公式の答えは、結成20年、メジャーデビュー15周年を記念して2019年に発表された『Perfume The Best “P Cubed”』である。では、その13年前に発売された『Perfume 〜Complete Best〜』とは、いったい何だったのだろう。

2006年8月2日に発売された本作は、公式上は〈メジャー第1弾アルバム〉。一般に初のオリジナルアルバムとされる『GAME』より前に置かれた、Perfumeのファーストアルバムだ。しかし中身は既発曲11曲と新曲1曲。実質的には初期ベストであり、何よりタイトルそのものが堂々と〈Complete Best〉を名乗っている。

ファーストなのにコンプリート。ベストと名乗っているのに、公式には最初のベストではない。しかもメジャーデビューからまだ1年も経っていない。この強気というか、ほとんどジョークのような命名を含めて、本作はPerfumeのキャリアのなかでも奇妙な位置にある。

もっとも、これは広島時代からの全キャリアを網羅した作品ではない。“OMAJINAI★ペロリ”や“彼氏募集中”といったローカルアイドル時代の曲は収録されず、ぱふゅ〜むからPerfumeへと名を改め、中田ヤスタカのプロデュースが始まって以降の楽曲が中心になっている。中田体制の全音源を完全収録しているわけでもないが、その重要曲のほとんどを一枚で聴くことができた。

もしここに広島時代の楽曲まで一緒に収められていたら、印象はかなり違っていただろう。本作は過去を平等に記録したヒストリーではない。むしろ選曲によって、電子音と少女たちの声が結びついた〈これから世に出るPerfume〉を定義した、編集によるファーストアルバムだった。

 

「解散しないで」 ファンが抱いた不安

しかし2006年当時、このタイトルを単なる冗談として笑えなかったファンも多かったはずだ。

メジャーデビュー曲“リニアモーターガール”から“ コンピューターシティ”“ エレクトロ・ワールド”まで、のちに〈近未来3部作〉と呼ばれるシングルはいずれも大きなヒットには至らなかった。レコード会社の関係者から、3枚を出した後の進路も考えておくよう告げられたことを、メンバー自身がのちに明かしている。同じBEE-HIVEの先輩グループが活動を終えた時期とも重なり、3枚のシングルのあとに初回限定で〈ベスト〉が出るという流れは、活動の総決算、あるいは区切りにも見えた。

メンバー側は、過去の曲を整理した〈名刺代わりの1枚〉であり、次へ進むためのまとめと捉えていたという。一方、握手会ではファンから「解散しないで」と声をかけられた。つまり、Perfumeとファンは同じアルバムに、それぞれ異なる時間を見ていたのだ。

 

特別な思い入れを集めた“パーフェクトスター・パーフェクトスタイル”

そんな作品の冒頭に、唯一の新曲“パーフェクトスター・パーフェクトスタイル”は置かれている。

力強い四つ打ちのキックと、細かくシンコペーションする歪んだシンセ。その上を漂うノスタルジックな旋律は、前へ進んでいるのに、記憶だけが後ろへ引っ張られていくように響く。調性感がふっと切り替わる瞬間には、現在と過去を行き来する映画の場面転換にも似た感触がある。

歌われるのは、届かなくなった相手と、抱えたままの記憶だ。もちろん、中田ヤスタカがPerfumeとの別れを意識して書いたと断定できる根拠はない。それでも当時の状況を知るファンが、この曲を中田から3人への惜別のように聴き替えたとしても無理はない。本作がPerfume最後のCDになるかもしれない――そんな不安のなかで聴かれたからこそ、“パーフェクトスター・パーフェクトスタイル”は特別な思い入れを集める曲になった。

 

“チョコレイト・ディスコ”が変えた『Complete Best』の役割

ところが約半年後、『Complete Best』には別の役割が生まれる。

2007年2月14日、本作の通常盤と同じ日に発売された『Fan Service [sweet]』に、“チョコレイト・ディスコ”が収録された。この曲を契機に、Perfumeをめぐる空気が変わり始める。

僕がPerfumeに出会ったのも、2007年の春頃だった。オールナイトイベント〈申し訳ないと〉のフロアで、掟ポルシェがかけた“チョコレイト・ディスコ”を耳にした瞬間、すっかり夢中になった。すぐに『Complete Best』を買って遡り、“コンピューターシティ”も“エレクトロ・ワールド”も“パーフェクトスター・パーフェクトスタイル”も、すでに存在していたことに驚いた。

同じような体験をしたリスナーは、決して少なくなかったと思う。吉田豪、宇多丸、掟ポルシェらが雑誌やインタビュー、クラブやライブの現場で早くからPerfumeを支持し、木村カエラがラジオで“チョコレイト・ディスコ”を繰り返しかけた。それをCM関係者が耳にしたことが、公共広告機構のCMと“ポリリズム”へつながっていく。さらに動画サイトでは、Perfumeの楽曲と映像を組み合わせたファンメイドの動画が広がり始めていた。

雑誌、批評、クラブ、ラジオ、テレビCM、インターネット。ひとつの巨大な宣伝によって押し上げられたのではなく、異なる場所にいた早耳の人々が、それぞれの回路で同じ価値に気づいていったのだ。

その動きは数字にも表れている。『Complete Best』は2007年7月にオリコン週間ランキング165位へ再登場し、8月には99位まで上昇した。“ポリリズム”のCDが発売される9月12日より前に、新しくPerfumeを知った人々が過去へ遡り、アルバムを買う現象がすでに起きていたのである。

2006年には〈終わり〉を連想させた作品が、2007年には新規リスナーにとって、驚異的に完成度の高い〈事実上のデビューアルバム〉になった。収録曲は1曲も変わっていないのに、アルバムの意味だけが半年ほどで反転したのだ。

 

Perfume像完成への過程が刻まれた〈近未来3部作〉

新しいリスナーが本作で遭遇したのは、単に珍しい電子音を鳴らすアイドルではなかった。

“リニアモーターガール”の硬質なシンセと、ロックンロールの骨格を思わせるベース。往年のテクノポップを更新したようなレトロフューチャー感は、のちに確立されるPerfume像をすでに提示している。当時のあ〜ちゃんは、本当はバラードを歌いたかったのに、ピコピコした音も意味のつかみにくい歌詞も自分たちらしくないと感じていたことを振り返っている。完成されたPerfume像に、まだ本人たちが追いついていない。そのずれも含めて、この曲はスリリングだ。

“コンピューターシティ”では、フレンチハウス以後の硬質なビート、機械化されたボーカル、どこか懐かしい旋律がひとつになる。完璧に制御されたシステムと、そこに生じたエラーを思わせる言葉の内側へ、ごく切実な恋愛感情が入り込むことによって機械と人間の境界が揺らぐ。

“エレクトロ・ワールド”では、風景も地面も太陽も、世界そのものも消えていく。近未来的なサウンドでありながら、中心にあるのは圧倒的な孤独と喪失感だ。世間にまだ受け入れられず、いつ地元へ帰されるかわからなかった3人が、虚構の世界の終末を歌っていた。その事実は、結果を知る現在から聴いても胸に迫る。

なお、全曲の作曲・編曲・プロデュースは中田ヤスタカだが、作詞は中田だけではない。“リニアモーターガール”“引力”“モノクロームエフェクト”“ビタミンドロップ”“スウィートドーナッツ”“コンピュータードライビング”などは木の子によるものだ。具体的で少し奇妙な少女の言葉と、中田が書くシステム、記憶、喪失のイメージが同居していることも、この時期ならではの魅力だろう。

中盤のインディーズ期の曲では、のちの作品ほどボーカルが均質化されておらず、まだ幼さを残した3人の声と懸命さが聞こえてくる。それを中田のプロダクションが一枚の世界へまとめ上げる。そしてアルバムは、グループの名を冠した“Perfume”を経て、のちにライブで3人と観客を結ぶ大切な曲となる“wonder2”へたどり着く。システムの異常と世界の崩壊を歌ったアルバムが、最後には人と人のつながりへ帰ってくるのである。

 

ブレイク前夜、〈3つの時間〉が交差した入口

僕は当時『Complete Best』を聴き込み、じゅうぶんに仕上がった状態で“ポリリズム”を迎えた。あとは多くの人が知る通り、Perfumeは一気に時代の中心へ進んでいく。だが、その爆発は突然起きたのではない。アルバムのチャート再上昇が示していたように、導火線にはすでに火がついていた。

以来20年、P.T.A.の会員として3人を追い続けてきた現在も、本作を聴くと、あのブレイク前夜のただならぬ予兆が蘇る。古参ファンにとっての総決算、メンバーにとっての切実な現在、新しいファンにとっての出発点。その3つの時間が交差したからこそ、『Complete Best』は本当の意味でPerfumeの〈コンプリート〉な入口になったのだ。