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対訳によって味わう宋冬野の歌詞の魅力

しかし、宋冬野の最大の魅力は、やはりその歌詞にあると言える。筆者自身もそうだが、中国語を解さない日本のリスナーにとっては、音楽を聴きながらその詩の世界に浸ることができないのが、どうしても惜しまれる。

その点で、今回の国内盤LPが素晴らしいのは、美しく読みやすい日本語で歌詞の対訳が付いていることである。筆者も音楽を聴きながらこの対訳に目を通すことで、単に音楽を楽しむ以上に、深く心を動かされる瞬間が何度もあった。

筆者が思うに、宋冬野の歌詞の魅力は、その情景描写の美しさにある。“リリアン(莉莉安)”における〈翡翠(ひすい)色の衣は 炉の火の中で灰へと変わり 燃え上がる炎は 夜明けまで消えなかった〉、“ドン・シャオジエ(董小姐)”の〈野生の馬を愛したとしても 僕の家には広い草原なんてなかった〉、IUによるカバーでも知られる“シマウマ、シマウマ(斑马,斑马)”の〈シマウマ シマウマ 眠ってしまわないで もう一度だけ 傷ついた尻尾を見せておくれ 君の傷跡には 触れたりしない〉など、音楽とともにその情景が自然と脳裏に浮かび、心の奥を揺さぶられるようなフレーズが、彼の作品にはいくつも散りばめられている。

宋冬野は、中国・香港を拠点とするメディア「鳳凰網」のインタビューで、自分にとっての北京とは〈故郷としての北京〉であり、〈家〉そのものだと語っている。本作『安和橋北』には、そうした失われた〈自分の家〉を記憶にとどめるだけでなく、誰もが抱く失われた過去への郷愁や、二度と戻らない何かにすがろうとする切なさといった、普遍的な感情を音楽作品として昇華し、他者と分かち合い、形あるものとしてこの世に残したいという強い意志が込められている。

こじつけのように聞こえるかもしれないが、こうした感情の普遍性は、政治・経済・文化のあらゆる側面で世界が変化したポストコロナ時代において、より多くの共感を呼び起こす可能性を秘めているのではないだろうか。

『安和橋北』は、そのコンセプトや丁寧な制作プロセス、歌詞、そしてアルバム全体を通した曲の連続性など、さまざまな観点から見ても、〈時間芸術〉という言葉がふさわしい作品である。シンプルゆえに流行に左右されないサウンドメイクも相まって、これから先も長く聴き継がれていくことだろう。ぜひこの機会に、歌詞とともにじっくりとLPに耳を傾ける、そんな贅沢なひとときを味わってほしい。

 


参考文献
在時間縫隙流浪的說唱故事人-宋冬野 https://www.kkbox.com/tw/tc/column/interviews-0-444-1.html
【馬世芳/News98/音樂五四三】2014.03.29專訪宋冬野+空中現場 https://youtu.be/gMwzkwkPn5I?si=TcrM07Krd3xZqZIi
宋冬野:我不思考社会意义 只想多当几年顽劣分子 https://culture.ifeng.com/niandaifang/special/songdongye/

取材協力:南欣蕊

 


RELEASE INFORMATION

宋冬野 『安和橋北』 MODERN SKY/MODERN SKY JAPAN(2025)

リリース日:2025年5月28日(金)
品番:MSJP-A1001
価格:7,800円(税込)
国内盤LP/歌詞対訳付き

TRACKLIST
LP 1
Side A
1. 箱を抱えた少女へ(给抱着盒子的姑娘)
2. リリアン(莉莉安)
3. 鳩(鸽子)

Side B
1. ドン・シャオジエ(董小姐)
2. シマウマ、シマウマ(斑⻢,斑⻢)
3. 夢遺の少年(梦遗少年)

LP 2
Side C
1. 六階のビル(六层楼)
2. グァン・イーベイ(关忆北)
3. カピバラの海(卡比巴拉的海)

Side D
1. ワンピース(连衣裙)
2. 安和橋(安和桥)
3. Intro

 


PROFILE: 宋冬野(ソン・ドンイエ)
シンガーソングライター/プロデューサー。中国現代フォークを牽引するアーティストの一人。モダン・スカイのストリーミングアルバムチャート首位を獲得し、華語音楽界で屈指の影響力を誇るクリエイター。第1回魯迅文化賞、金曲奨 最優秀作詞者賞など、権威ある賞を多数受賞。誠実なリリックと情感豊かなメロディーで日常に潜む詩情をすくい取り、青春への郷愁や現実への鋭いメタファーを織り交ぜた作品世界を築く。

代表曲“安和橋(安和桥)”“シマウマ、シマウマ(斑马,斑马)”“リリアン(莉莉安)”は数多くの華語圏アーティストにカバーされ、いまや華語ポップスのスタンダードとして広く愛されている。