ユミ・ゾウマら海外のインディー・バンドも賞賛を寄せる、名古屋を拠点に活動を続けてきた3人組、CRUNCHが初のフル・アルバム『てんきあめ』を11月22日にリリース。ここでは音楽ライターの峯大貴が、メンバーへのメール・インタヴューをもとにバンドの特異性と待望の初作の魅力に迫った。 *Mikiki編集部

CRUNCH てんきあめ THANKS GIVING(2017)

 

あらゆる音楽をクラスター分析にかけて細かなジャンル群に振り分けていったとしても、彼女たちの音楽はあちこちへと傾きながらも最後まで取り残されてしまうような、危うく繊細なサウンドだ。

名古屋の3ピース・ガールズ・バンド、CRUNCHは、2013年の本格的な活動開始以降、SoundCloudでの楽曲発表のほか、2014年には初の流通盤であるEP『ふとした日常のこと』をリリースするなど着実な活動を続けてきた。beehypeなど複数の海外メディアが先んじて彼女たちを取り上げたり、またニュージーランドのドリーム・ポップ・バンド、ユミ・ゾウマや、来月12月にはアイスランドのポスト・ロック・バンド、ヴァーの来日公演で共演するなど、国外からの評判を多く得てきたという点で他のインディー・バンドの中でも異彩を放っている。このたびリリースされたファースト・アルバム『てんきあめ』は、新曲のほかにもこれまで発表してきた楽曲が現在のモードで新録されており、本格的に全国に打って出ることとなる作品だ。

メンバーは堀田倫代(ギター/ヴォーカル)、川越玲奈(ベース/ヴォーカル)、神野美子(ドラムス)の3人。高校の同級生で同じ軽音楽部だった3人が卒業後に集まって結成した。本作で冒頭を飾る“Simple Mind”では堀田が全編ヴォーカルを取り、小谷美紗子を彷彿とさせるような丸みを帯びつつ真の通った声を聴かせるが、ほかの多くの曲では川越と2人でヴォーカルを取っており、また3人それぞれが曲作りを行うスタイルだ。

「元々は作曲者が歌うスタイルでしたが、活動当初からツイン・ヴォーカルやコーラス・ワークのおもしろいものがやりたいと思っていました。私がギタリストだからかもしれませんが、とにかくコード感が出せると嬉しいんです。ヴォーカルが2人いれば歌うだけでコード感が出ますから」(堀田倫代)。

「全然別の旋律を歌っていても一つになるような感じがよくて、2人の声が重なるのが好きなんですよね」(神野美子)。

ギターやベース、ドラムに、時折シンセサイザーも採り入れたバンド・アンサンブルは極めてシンプルかつ最小限で、正直拙い部分もある。その反面、ワンフレーズでも減らすと曲が崩壊するほどの繊細さで構築されている。本作の中にはプリンス“When Doves Cry”(84年作『Purple Rain』収録)に着想を得たという、ベースを省いたシンセとドラムと歌のみの“君からの合図”や、アイヌ民謡のヴォーカル・グループ、マレマレウを参考としたギターとエレピ、歌のみの“Eternal”など、バンド・サウンドからも解放され、引き算の美学を突き詰めていった楽曲もある。そのサウンドに乗る堀田と川越の歌は、メインとコーラスのような互いに寄り添った役割は持たず、所在なげにそれぞれのメロディーを泳いでいく。特に“Holiday”や“ウタカタ”では2人がまったく別のメロディーと歌詞を同時に歌い、各パートが共有範囲を極小にした危ういグルーヴと浮遊感が立ち上る。そんな蜘蛛の糸ほどに細いが確かな拠りどころとして存在する音の関係性や繋がりこそが、CRUNCHの音楽の本質であろう。

「以前はっぴいえんどのカヴァーをした時に、ベースとドラムが細かくリンクするように考えて曲が作られていることに気付いて。“Holiday”にはそれが反映されています」(川越玲奈)。

※Sayoko-daisyとの2013年作『Momonga EP』で“暗闇坂むささび変化”と“夏なんです”をカヴァー

「(はっぴいえんどの楽曲は)単調なようでも1番、2番で少しだけ変化をつけていたりするんですよね。名曲というものはシンプルだけど単調にならず、飽きないよう工夫がしてあるんだと思いました。“Holiday”はアレンジを盛らない、手数を増やさないことに意識を置きはじめた最初の曲です。また(私たちは)『風街ろまん』とか細野晴臣『HOSONO HOUSE』(73年)にもある〈あの世っぽい〉感じとか、別世界に連れて行ってくれるような雰囲気の音楽が好きで。ブラジルのソングライター、マルコス・ヴァーリ『Previsao Do Tempo』(73年)のどこにもない楽園のようなあの感じ。フィッシュマンズにも共通する、そんな浮遊感を今作では意識しました」(堀田)。

全編の質感は極めて統一されているが、彼女たちの口から語られる影響元は極めて広く、荒井由実や宇多田ヒカルから、ペルーの男女フォーク・デュオ、アレハンドロ・イ・マリア・ラウラまでを挙げている。またバンド・アンサンブルに比重を置きながらも歌が核になっている点では、渚にてやLABCRY、羅針盤、ウリチパン郡といった90年代~2000年代の関西歌ものバンドの系譜が2010年代の名古屋に転生遺伝したという見方もできるだろう。

「オリジナルな曲を作っているという感覚はあまりないです。カヴァーに近い感覚で自分たちが聴いてきた、好きな音楽を落とし込んでいきたい。レディオヘッドが〈僕たちは音楽を受信する頭脳〉のように言っていたのと近いかも。アイデアを持ちよって、3人でこっくりさんをするように曲を作っていっているので、その過程で3人の考えが混ざっていくのを楽しみたい。予想の斜め上に着地したら成功です」(堀田)。

※出典:「エグジット・ミュージック」(マック・ランダル著/丸山京子訳、シンコーミュージック出版)

硬貨1枚分の大きさの範囲だけを共有し、不安定ながらもそこに委ねて彷徨い揺らめく〈こっくりさん〉は、CRUNCHの音像を表現する言葉として見事に言い得ている言葉だ。

また、本作のレコーディングはすべて名古屋で行われ、プロデューサーの荒木正比呂(レミ街/中村佳穂バンド)、レコーディング・エンジニアには松石ゲル(GUIRO/PANIC SMILE)やトラックメイカーの北川昌寛など、地元のミュージシャンが多数関わっている。名古屋出身のCHAIが結成後上京しブレイクを果たしたのとは対照的に、彼女たちはあくまで名古屋に腰を据えた活動を続けている。

「東京からも大阪からもほどよい距離だからこそのシーンが、名古屋にはある気がなんとなくします。大阪や京都、東京のような独自のカラーがあったり、プロ志向の上手いミュージシャンがたくさんいるわけでもない。でも日々の生活の中で流行りに流されずにじっくり自分の好きなこと、個人的なアイデアを熟成することができて、結果として関東や関西とも違う風景が続いているのではないかと思います」(堀田)。

大阪や京都でもなく東京でもないが、それぞれの要素もなんとなく存在する名古屋の音楽の風景。その風景は、『てんきあめ』の1曲目“Simple Mind”の冒頭に一言で言い表していたのだ、〈君と遊ぶユートピア〉と。CRUNCHの音楽は空集合にいながら、確かな存在感を発揮している。

 


Live Information

〈CRUNCH 1st Album Release Party〉
2017年12月10日(日)愛知・K.D ハポン
共演:ヴァー、my young animal

2018年2月3日(土)東京・伊千兵衛 dining
共演:the MADRAS(アコースティック・セット)、si,irene、cattle
DJ/ハタユウスケ(cruyff in the bedroom)、タカイチ★ヤング、安蒜リコ(the MADRAS、響命オーケストラ)、ume-rock
★詳細はこちら