1963年。この年、若きアシュケナージはソ連を離れロンドンに移住し、当局の説得に応じず故国に戻らなかった。彼が指揮者としてロイヤル・フィルと共にロシアの地を踏むのはゴルバチョフ政権下の1989年まで待たねばならない。このリサイタルに聴く、内に秘めた心情を託したかのような音楽、音の形を研ぎ澄まし、激しく打ち込む打鍵は、あの美音で鳴るアシュケナージのイメージとはかけ離れる。メロディア原盤からのリマスターにより、既出盤とは一線を画する聴き映えだが、収録曲に差異がある。それでもこの盤でしか聴けない、緊迫感が充満する中を駆け抜けていく《テンペスト》は唯一無二である。