茂木宏文(芥川作曲賞2017年受賞者)に聞く~現代音楽作曲家が世に出るために必要なこと

 日本の現代音楽シーンが一部の聴衆にしか注目されなくなって久しい――冒頭からこんなネガティヴなことは書きたくないのだが、まずは現実を直視しないわけにはいかない。その原因は様々考えられるが、芸術として純化しようとするがために、いわゆる“商業音楽”との距離が開いてしまったことは最たる理由のひとつであるように思う。棲み分けがはっきりしてしまったが故に、メディアで大きく名前が取り上げられることも減ってしまい、そもそも現代音楽の作曲家と出会う機会が著しく減ってしまったのだ。そんな状況も、坂本龍一に認められた網守将平(1990~)や、米津玄師作品にも参加する坂東祐大(1991~)といった逸材の登場によって徐々に変わりつつある。ふたりとも現代音楽を孤立させるつもりなどなく、社会やサブカルチャーと向き合い、音楽自体も“ポップさ”から逃げない。現代音楽にも変化が起きはじめているのだ。

 《不思議な言葉でお話しましょ!》という管弦楽曲で、2016年に武満徹作曲賞を、2017年に芥川作曲賞(現:芥川也寸志サントリー作曲賞)を受賞した茂木宏文(1988~)も、網守や坂東よりクラシカルな形ではあるが聴衆に広く届いていくような現代音楽を手掛けようとしている作曲家、また今後は舞台や映像との共同作業に力を注ぎたいとも語ってもいる。今回初演される作品について、インタヴューの終盤に茂木は気恥ずかしそうにこう答えてくれた。

 「ドラえもんの映画『雲の王国』(1992)が昔からとっても好きなんです。この前、衛星放送で見返したんですけれどご都合主義的なところもありつつ、本当に“夢”があるんですよ。今回初演される『雲の記憶』へのインスピレーションも、実はかなり受けています」

 そもそも前述した《不思議な言葉でお話しましょ!》でも、藤子・F・不二雄がSFのことを「すこしふしぎ(Sukoshi Fushigi)な物語」と書いていることからタイトルが取られていることを鑑みれば、ドラえもんから作品の発想が浮かんだことも何ら不思議ではない! だが同時にこの管弦楽曲は寺山修司や唐十郎といったアングラ演劇(言葉を言葉として理解することが必ずしも必要のない不思議な世界!)からもインスピレーションを受けており、「新鮮なファンタジーと筆力・構成力」が評価された音楽でもあった。こうした一見相反するような要素がときには複合的に混じり合うことで、“夢”や“ファンタジー”を感じさせる茂木作品が生まれてくるのだと知ると、実に興味深い。

 「自分も最初の頃は、前衛と呼ばれる作曲家たちのところから入っていったので、いわゆる“未聴感”を追い求めなければという使命感を感じていた時期もありました。今もそれがないわけではありませんが、ただそれ以上にそのとき書いている作品のテーマが大事なんです。現代音楽に必要な手法があればそれを使うし、完全にオリジナルなアイデアを出すこともあれば、調性という概念が必要であれば躊躇なく使う。書きたいものを書くのに、どういうスタイル、表現が必要なのかを第一に考えていますね」

 人によっては当たり前だと思われるかもしれない。だが戦後長らく“技法”ありきで作品が書かれ、評価されることも多かった現代音楽という世界において、このような判断のもと作品を書き続け、評価を勝ち得ていくことはそう簡単な話ではないのだ。茂木自身はそれほど気負っていないかもしれないが、これは現代音楽という世界においては十分すぎるほどのチャレンジなのである。

 「性格が天の邪鬼なんですよ。ある世界に寄っていくと、どこか反発してしまう。なるべくどこにも寄り過ぎず……ただ現状は孤独で寂しいですけどね(笑)」

照れ隠しのように笑う茂木だが、時には後期ロマン派を思わせるほどオーケストラを芳醇に鳴らしてくれる作曲家の存在は実に貴重。近年、若手作曲家がオーケストラ作品を発表できる場が減っているだけに、芥川也寸志サントリー作曲賞がこうした新鋭に委嘱し、自由に創作できる機会を与えるのは、未来への投資として絶対に必要なことなのだ。もちろん、会場で聴いてくださる聴衆がいないと、作曲家は育たない。今回、試験的な試みとして「SFA総選挙~あなたの、清き、耳の一票を!」という聴衆から作曲家へメッセージを届けることが出来る企画も準備されている。日本の現代音楽シーンの未来を占うこの作曲賞を、投票者のひとりとして是非見届けていただきたい。

 


茂木宏文(Hirofumi Mogi)
1988年1月8日生まれ。2014年東京音楽大学大学院作曲指揮専攻作曲研究領域修了。これまでに作曲を池辺晋一郎、糀場富美子、鈴木純明、西村 朗、原田敬子、藤原 豊、村田昌己の各氏に師事。指揮を汐澤安彦、時任康文、野口芳久の各氏に師事。現在、東京音楽大学非常勤研究員。第3回山響作曲賞21を受賞。2015年 ヴァレンティノ・ブッキ国際作曲コンクールファイナリスト。2016年度武満徹作曲賞第1位受賞。第27回芥川作曲賞受賞。

 


過去の受賞者/作品
第1回(1991年)高橋裕(1953生)Symphonic Karma
第2回(1992年)山田泉(1952~1999)一つの素描~ピアノとオーケストラによるII
第3回(1993年)菊池幸夫(1964生)ピアノと管弦楽のための「曜変」 猿谷紀郎(1960生)Fiber of the Breath(息の綾)
第4回(1994年)江村 哲二(1960~2007)ヴァイオリン協奏曲第2番「インテクステリア」
第5回(1995年)伊左治直(1968生)畸形の天女/七夕
第6回(1996年)権代敦彦(1965生)DIES IRAE/LACRIMOSA(怒りの日/嘆きの日)
第7回(1997年)川島素晴(1972生)Dual Personality~打楽器独奏と2群のオーケストラのための
第8回(1998年)伊藤弘之(1963生)2台のピアノとオーケストラのための「シーシュポスの神話」
第9回(1999年)菱沼尚子(1970生)REFLEX for piano and orchestra
第10回(2000年)望月京(1969生)カメラ・ルシダ
第11回(2001年)原田敬子(1968生)響きあう隔たりIII
第12回(2002年)夏田昌和(1968生)アストレーション~オーケストラのための   ―ジェラール・グリゼイの追憶に―
第13回(2003年)山本裕之(1967生)カンティクム・トレムルムII
第14回(2004年)三輪眞弘(1958生)村松ギヤ・エンジンによるボレロ
第15回(2005年)斉木由美(1964生)アントモフォニーIII
第16回(2006年)糀場富美子(1952生)未風化の七つの横顔 ~ピアノとオーケストラの為に
第17回(2007年)小出稚子(1982生)ケセランパサラン
第18回(2008年)法倉雅紀(1963生)延喜の祭禮 第二番~室内オーケストラのための
第19回(2009年)藤倉大(1977生)… as I am …
第20回(2010年)山根明季子(1982生)水玉コレクションNo.04室内オーケストラのための
第21回(2011年)山内雅弘(1960生)「宙(そら)の形象(かたち)」ピアノとオーケストラのための
第22回(2012年)新井健歩(1988生)鬩ぎ合う先に~オーケストラのための~
第23回(2013年)酒井健治(1977生)ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲
第24回(2014年)鈴木純明(1970v生)ラ・ロマネスカII―ペトルッチの遍歴~管弦楽のための
第25回(2015年)坂東祐大(1991生)ダミエ&ミスマッチ J.H:S
第26回(2016年)渡辺裕紀子(1983生)折られた…
第27回(2017年)茂木宏文(1988生)不思議な言葉でお話しましょ!
第28回(2018年)坂田直樹(1981生)組み合わされた風景
第29回(2019年)8月31日に決定!!

 


LIVE INFORMATION

第29回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会(旧名芥川作曲賞)
○8/31(土)14:20開場/15:00開演 大ホール
□第27回 芥川作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品 茂木宏文(1988~):『雲の記憶』チェロとオーケストラのための(2019)★1 ※世界初演
□第29回 芥川也寸志サントリー作曲賞候補作品(50音順/曲順未定) 稲森安太己(1978~):『擦れ違いから断絶』大アンサンブルのための(2018)
□北爪裕道(1987~):自動演奏ピアノ、2人の打楽器奏者、アンサンブルと電子音響のための協奏曲 (2018)★2
□鈴木治行(1962~):『回転羅針儀』室内管弦楽のための(2018)
【出演】杉山洋一(指揮)山澤 慧(vc)★1 菅原 淳/石田湧次(perc)★2 有馬純寿(electronics)★2 新日本フィルハーモニー交響楽団
候補作品演奏の後、公開選考会(司会:伊東信宏) 選考委員(50音順):斉木由美/坂東祐大/南 聡
www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2019/