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歴史的な深さと地域を越えた広がりが共にある音楽

黒田岡村さんがサム・ジョセフ(ハロー・フォーエヴァーのリーダー)に行ったインタビューを読んだのですが、ハロー・フォーエヴァーは、曲作りの段階では自分たちの影響元をあえて〈参考にしないように〉していて、サウンド・プロダクションの段階で意識的に(影響元を)取り込んでいる、みたいな発言をしていました。その辺に、〈~っぽいコード進行〉みたいなところから入っていく作り手との違いがあるのかなと思います。だから楽曲そのものにビートルズっぽさやビーチ・ボーイズっぽさは、そんなに感じないのかもしれない」

岡村「本当にそうですよね。だからそれこそ、フランク・オーシャンとかチャンス・ザ・ラッパー、カニエ・ウェストなんかを普段聴いてるような人にこそ聴いてほしい音楽だと思います。

フランク・オーシャンやチャンス・ザ・ラッパーってヒップホップ・フィールドに閉じないでポップの要素を上手く取り込んでると思うんです」

黒田「そういえばフランク・オーシャンの『Blonde』(2016年)には、ビートルズとビーチ・ボーイズの影響がかなりあると本人が公言していました。直接的にも、ビートルズの“Here, There And Everywhere”(66年作『Revolver』収録曲)をサンプリングしてますしね」

フランク・オーシャンの2016年作『Blonde』収録曲"White Ferrari"。
ビートルズの“Here, There And Everywhere”がサンプリングされている

岡村「ええ。ハロー・フォーエヴァーは、その逆のアプローチですよね。だから近年のボン・イヴェールやヴァンパイア・ウィークエンドといった人たちのアプローチと近いような気がするんです。

それに加えて、この人たちは歴史の縦軸が非常に深い。だから聴いていて最初に思い浮かんだのは、トロピカリズモ時代の(ブラジルの)バンドとかアーティスト、たとえばオス・ムタンチスとかそういう人たちだったんです。いずれも、縦の歴史的な深さと地域を越えた横の広がりが共にある音楽だと思うんですよね」

――さまざまな先人たちから影響を受けつつ、それを同時代的な広がりのなかで表現している、というのはわかります。影響という点に関して、岡村さんの担当されたインタビューを読んでいて意外に感じたのが、トクマルシューゴさんの名前が出てきたことです。本作のなかにトクマルさんからの影響が感じられる部分はありますか?

黒田「楽器の使い方ですかね。トクマルさんは本当にいろんな楽器を使っていますが、それをイディオム的に演奏するというよりは、モジュールとして使用しているというか。たとえばバンジョーだったら、いかにもバンジョーっぽいフレーズを奏でるのではなく、その音色を使って〈バンジョーっぽさ〉とは全く違うアプローチをする。エンニオ・モリコーネや、彼に影響を受けたショーン・オヘイガン(ハイ・ラマズ)もよくやる手法ですが、そういうところがちょっと似ているのかな、と思いますね」

岡村「そうですね。中心メンバーのサムもいろんな楽器を使って一人で音を作れちゃうんですが、そういうところは影響を受けてるんじゃないかなと思います。

実はハロー・フォーエヴァーは今回、トクマルさんにリミックスを依頼したらしいんですよ。残念ながら日程が合わなくてトクマルさんはお断りせざるを得なかったらしいんだけど、いつか一緒に何かやってほしいですよね」

トクマルシューゴの2020年発表のシングル“Canaria”

 

バンドの基調をなすリベラルな感覚

――ハロー・フォーエヴァーはバンドですけど、サム・ジョセフのソロ・ユニットという趣も強いんでしょうか?

岡村「そうですね。彼を中心にいろいろな人が入れ替わり立ち代わりながら、今のサウンドに近づいていったみたいです。だからこれからもサム以外は、もしかしたらメンバーも変わるかもしれない」

――岡村さんのインタビューでサム・ジョセフは〈西海岸の音楽にリスペクトは感じるが、その背景にあった男尊女卑・人種差別的な思想には賛同できない〉と言っていましたが、ハロー・フォーエヴァーにおける思想的なものについてはどう思われますか?

岡村「彼らは一つのおうちでメンバーのほとんどが一緒に暮らしているんです。昔のヒッピー・コミューンみたいなものを実践しているようなところがあって、俗っぽいあり方に一定の距離を取っている。

メンバーに関しても、〈音楽をやってない人でもメンバーだ〉みたいな感覚が共有されている。そういうリベラルな感覚はバンドとしての活動にも反映されていると思います」

黒田「たしかに、ビデオ・ディレクターやカメラマン、デザイナーらが、全体のプロジェクトの一員として参加しているところは面白いですよね」

岡村「〈いろんな人がいる〉っていうのは、最近の潮流でもありますよね。たとえばボン・イヴェールやナショナルのデスナー兄弟は、一緒に〈People〉っていうコミュニティーを作っていて、そこには音楽家以外にもいろんな人が関わってたりするじゃないですか。ハロー・フォーエヴァーもまた違う〈コミュニティー・ミュージック〉を形成しているのかもしれないです」