DMX死去

DMXが2021年4月9日、50歳という若さでこの世を去った。

ドラッグのオーヴァードーズによる心臓発作を起こして救急搬送され、生命の危機に陥っていると報じられてから一週間。なんとか回復してほしいと願っていたが、叶わなかった。

 

ヒップホップ黄金期の〈その後〉を牽引

ラッパーのDMXことアール・シモンズ(Earl Simmons)は70年、NYのマウントバーノン生まれで、同じNYのヨンカーズで育った。両親からの虐待、退学、グループ・ホームなど児童養護施設での日々、ストリートでの生活……と壮絶な少年期を過ごしたのち、ヒップホップ・ミュージックへの愛からDJやヒューマン・ビートボックスを始めている。ステージ・ネームはドラム・マシーンの〈オーバーハイムDMX〉から取ったとされており、のちに〈Dark Man X〉の頭文字だとも言われるようになる。

93年にシングル“Born Loser”でデビュー。98年にはデフ・ジャムからシングル“Get At Me Dog”でメジャー・デビューを果たし、同曲をヒットさせる。同年のファースト・アルバム『It’s Dark And Hell Is Hot』は、Billboard 200で初登場1位を獲得。アルバムからのシングル“Ruff Ryders’ Anthem”は、大きなヒットを記録したとは言えないながらも、彼の代表曲となった。

98年作『It’s Dark and Hell Is Hot』収録曲“Ruff Ryders’ Anthem”

その後、立て続けに発表したセカンド・アルバム『Flesh Of My Flesh, Blood Of My Blood』(98年)、サード・アルバム『...And Then There Was X』(99年)でも成功を収め、前者は3 × プラチナ(300万枚)、後者は5 × プラチナ(500万枚)を売り上げるモンスター作となった。またシングルでも、“Slippin’”(98年)や“Party Up (Up In Here)”(2000年)などでチャートを席巻した。

98年作『Flesh Of My Flesh, Blood Of My Blood』収録曲“Slippin’”

98年作『Flesh Of My Flesh, Blood Of My Blood』収録曲“Party Up (Up In Here)”

Xのすごいところは、2003年作『Grand Champ』まで5作のアルバムすべてが全米1位に輝いていることだ。ヒップホップの歴史において東西抗争が激化していった90年代後半以降、つまりゴールデン・エイジの〈その後〉、メインストリーム化したヒップホップにおいて、ダークかつハードコアなスタイルを貫きながらも人気を誇り、シーンを引っ張っていたのが孤高のDMXだった。

2003年作『Grand Champ』収録曲“Where The Hood At?”