DJサブリナ・ザ・ティーンエイジDJ（DJ Sabrina The Teenage DJ）『Bewitched!』The 1975にフックアップされた才能による夢見心地でノスタルジックなハウスの箱庭世界

英ロンドンのプロデューサー、DJサブリナ・ザ・ティーンエイジDJ。ガレージセールやチャリティーショップで安く買ったドラムマシーンとシンセサイザーを使って曲を作っているという。非常に多作で、10分近い曲も多く、アルバムは2～3時間超になることもしばしば。名前の由来は、アメリカで96～2003年に放映されたアメコミ原作のシットコム「サブリナ（Sabrina The Teenage Witch）」。バービー人形などをモチーフに64ビットで描かれるアートワークやアイコンは、常に90年代風。そして、オフィシャルサイトには、あらゆる性的指向やジェンダーを内包する〈The Inclusivity Flag〉が掲げられている。

サブリナという特異な才能に出会ったのは、2020年の『Charmed』だった。いつのまにか〈Rate Your Music〉（古今東西の音楽のデータベースで、オタク的なユーザーたちによるレーティングやレビュー機能も一緒くたになったサイト）をチェックするのが日課になっていた私は、その変わった名前と一度見たら忘れられない印象的なカバーアート、そしてユーザーたちによる異様な高評価を目にした。

彼女の音楽を初めて聴いたときは、強い衝撃を受けて、ひっくり返りそうになった。聴いたことのない、あっと驚くような新しいサウンドだったからではない。あまりにもノスタルジックでドリーミーで、強烈なまでに心地よかったからだ。現実世界に蔓延する悪意や恐怖、驚異などは存在しない、まるでトイザらスのようなおもちゃでいっぱいの空間か古びた遊園地のような箱庭世界。懐かしさに満ちたユートピア。ハウスミュージックなのに、シューゲイズやドリームポップに近い恍惚とした全能感に耽溺してしまった。サブリナの音楽は、あらゆるノイズやトキシティーを退けるシェルターのように感じられた。

ローファイ、リバーブ、ドリーミー、ノスタルジック……。80年代や90年代の幸福な瞬間だけを想起させる、とびきりポップで、甘い糖衣に包まれた、キラキラとしたハウスミュージック。高音と低音がカットされ、ミッドが極端に押し出された音像。どこか遠くから鳴り響くボーカルサンプル。亡霊的で、こう言ってよければ実に〈インターネット的〉な、ベッドルームで生まれたとしか思えない音楽。理想郷のようでありながらも、一度ハマったら抜け出せない危険なドラッグのようでもある。

そんなサブリナの才能に、にわかに注目が集まっている。というのも、The 1975の新曲“Happiness”の作曲者として、彼女の名前がクレジットされているからだ。経緯としては、2021年にThe 1975のマッティ・ヒーリーからコンタクトがあり、コラボをオファーされたのだという（追記。上にリンクしたインタビューによると、〈DJ Sabrina〉と〈Salem〉の2人が〈DJ Sabrina The Teenage DJ〉という匿名的なプロジェクトを動かしているようだ）。甘くノスタルジックなダンスポップの“Happiness”は、サブリナがいくつか制作したデモのうちの一つが元になっているそうだ。近年のThe 1975の音楽的な志向を考えれば自然な流れではあるが、ネットでカルト的な人気があるとはいえ、一般的にはほとんど知られていない彼女とコラボするとは。いやはや、本当に驚いた。

そんな好機に届けられたのが、この新作『Bewitched!』である。先行するEP『Call You​ /​ Under Your Spell』の拡大版である本作には長尺曲を含む13曲が収められており、ランニングタイムは86分と彼女の作品にしてはコンパクトな部類に入る。とはいえ、サブリナの作品の常で、本作にも付随するEP『Bewitched And Beyond』（41分もある）とシングル集『Bewitched Singles!』（Bandcampで販売されているが、登録する際に問題があったようでストリーミング配信はまだ）の2作が発表されている。今回も彼女らしい陶酔的なハウスがノンストップで展開されているが、ノスタルジックなロックの“Matter Of Course”や2ステップの“I Wish For That”は、The 1975のファンをにやりとさせるかもしれない（ちなみに、EPのほうではハウスに限らない、比較的自由なサウンドに挑んでいる）。

今回、サブリナのことを知ったリスナーは、傑作『Charmed』やファーストアルバム『Makin’ Magick』（2017年）などもぜひ聴いてみてほしい。作風は一貫しており、言ってしまえば金太郎飴的だが、一度聴きはじめたら彼女の音楽の虜になって、その魔法を解くことはできなくなってしまうだろう。