明け方に垣間見た、〈ジャポニズム〉の不思議な夢か。

 東京出身で現在はフランス在住のピアニストがメゾ・ソプラノと共同で作りあげたのは、日本の古典文学をモティーフにしたフランス人作曲家による、妖しくも美しい歌曲の地平。

 「ブレンダ(・プパール)とはパリ音楽院の歌曲伴奏科2年目にデュオを組んだのがきっかけ。ピアニッシシモまでコントロールの利いた繊細な美声の持ち主で、日本文化への興味も深く、今回のプロジェクトには私以上に積極的でした」

BRENDA POUPARD, JEAN-MICHEL KIM 『夜明けの恍惚~ジャポニスムと日本歌曲』 Klarthe/キングインターナショナル(2023)

  アルバムは宵桜の情景に淡い恋心が交差する別宮貞雄の名曲“さくら横ちょう”で幕を開ける。前半では1980年代に藝大の客員教授も務めたアンリエット・ピュイグ=ロジェが「古今和歌集」などを自由に解釈した“3つの和歌”と、1947年生まれのグラシアーヌ・フィンジによる俳句を基にした歌曲集“窓の月”からの2曲という、二人の女性作曲家の作品が錯綜する。

 「和歌の描き出す香りや温度をピアノの音で表出させるピュイグ=ロジェの感覚的な世界だけでは重たくなるので、そこにフィンジの聴きやすくてどこかユーモラスな雰囲気(芭蕉と其角の『赤とんぼ』の句をめぐるやりとり入り)の歌曲を挟んでみました」

 1980年生まれのファビアン・ヴァクスマンが、「更級日記」の作者と時空を超えて交信する詩人カミーユ・ロワヴィエのテキストに作曲した2曲(※タイトル曲“夜明の恍惚”を含む)からなる“更科の影”も鮮烈。晩年の菅原孝標女が抱いていた寂寥感や、幸せだった少女時代に戻りたいという感傷的で叶わぬ願いが、技巧的なピアノ演奏と一緒に溢れ出す。

 「トライアングルのバチでピアノの弦をトレモロして音を出す第1曲もユニークですが、弦に粘着ゴムを付けて打楽器に鳴らす第2曲もインパクトが強烈。作曲家本人から直接〈激しさが足りない、もっとハードロックのように〉とダメ出しされて奮闘しました」

 日露戦争時に来日したフランス人の見聞録「明治日本の詩と戦争」に基づく14の和歌に作曲したクロード・デルヴァンクールの“露の世”(1927年)も必聴だが、フランスで生まれ育った大野香織による狂気と情念が渦巻く“小野小町による五つの歌曲”(日本語テキスト)が圧巻。

 「大野さん本人とブレンダにぐいぐい押されながらも、最後は自分でもこの作品にハマりました」

 日本歌曲に始まり、ラストの小林秀雄“落葉松”で回帰する。

 


LIVE INFORMATION
2024年早春ピアノリサイタル

2024年2月25日(日)TOPPAN HALL
開場/開演:13:30/14:00

2024年3月3日(日)長野市芸術館リサイタルホール
開場/開演:13:30/14:00

■曲目
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110
リスト:ピアノ・ソナタ h-moll S.178/R.21