キングレコードから発表されたシングルとアルバムの計17タイトル、のべ171曲が、90回目の誕生日となる2025年5月15日に一挙配信された美輪明宏。6月11日にはカルト的な人気を集める主演映画「黒蜥蜴」「黒薔薇の館」が初めてBlu-ray/DVDでリリースされたほか、7月には代表曲“ヨイトマケの唄”が発売から60周年を迎えるなど、今年はその豊穣なキャリアに改めて触れる好機となっている。

今回、そんな唯一無二のアーティストである美輪明宏が表現してきたものとその魅力を、音楽ライターの桑原シローが綴った。 *Mikiki編集部


 

〈要注意歌謡曲〉が示したシンガーソングライターとしての才能

多くの者が口にする、まさしく彼は魂の表現者だと――長きにわたってジェンダーを超えた美を追求し、自身の生き様そのものを作品や主張として提示し続けてきた美輪明宏がこの5月で卒寿を迎えた。そのタイミングで、キングレコードから発表されたシングルおよびアルバムなど計171もの楽曲が配信という形で新たに世に問われ、多方面で話題となっている。そこで今回は、愛や慈悲や悲しみや怒りなどが混然一体となった彼の歌世界を紹介してみたいと思う。

美輪明宏 『美輪明宏 全曲集』 キング(2025)

何はさておき、自身の少年期を回顧して書いたヒットソング“ヨイトマケの唄”(1965年)だ。1964年のリサイタルで発表されたのち、NETテレビのワイドショー番組「木島則夫モーニングショー」の〈今週の歌〉でオンエアされるやいなや大反響を得ることになったこの曲は、美輪自身が作詞作曲を手掛けているのだが、ノスタルジーの領域を超えて一種のプロテストソングとして成立しているところがポイントだ。

ある人は、美輪こそが日本のフォークソングのパイオニア的存在である、と断言していたりもするが、確かにここでの貧困や差別に晒されている経済的弱者たちのために声をあげようとする彼の姿勢は、放浪を続けながら抵抗の歌を奏で続けた路上派の表現者たちにつうじるものがある。いずれにせよ、自身の体験や価値観を反映させた極私的な世界を描きながら、時代が変わろうともリアルに響く感情を乗せた曲を生み出してみせたという意味では、シンガーソングライターとして紛れもなく一流であることを証明した楽曲だといえる。

ちなみに“ヨイトマケの唄”は歌詞に登場する名称が差別的であると問題視され、要注意歌謡曲の烙印を押されて長らくメディアで放送禁止の扱いを受けてきたという歴史がある。

 

常識外れを美徳とする美輪明宏の本領発揮的1曲

この名曲に至るまでの彼について少しばかり。銀座のシャンソン喫茶〈銀巴里〉の舞台に17歳で立ち、三島由紀夫や吉行淳之介といった文豪や文化人などから支持を集める存在になる。そんな彼を一躍時の人にしたのがデビュー曲“メケ・メケ”(1957年)だ。作詞:シャルル・アズナブール、作曲:ジルベール・ベコーのシャンソン曲に自身が訳詞を付けて発表したこのシングルは、ユニセックスなビジュアルでもって天下の大道を闊歩する〈シスターボーイ〉の存在を広く知らしめた。

美輪明宏 『メケ・メケ』 コロムビア(1957)

それにしても、なんと挑発的な歌であろうといまの耳で聴き返しても思わずにいられない。美しく端麗なマスクの若きシンガーが途中でいきなり〈バカヤロー、情なしのケチンボ〉などと物騒なフレーズを叫び出すのだ。それが小気味よいラテンビートに乗って歌われると、実に粋でいなせで痛快に響く。常識外れを美徳とする氏の本領発揮的1曲といえよう。この頃の美しいお姿は川島雄三の映画「女であること」のオープニングをはじめとしていくつかの映画作品で目にすることできるのでぜひチェックされたし。

川島雄三, 原節子 『女であること』 東宝(2020)