置いてきた過去の積み重ねだけが現在を形成している。かつてのダンジョン・レインの少年が5年ぶりに届けたニュー・アルバムは、幼少期から仲間との出会いまで自身の物語を振り返ってすべての始まりへと導いていく……
置いてきた日々について
〈これまでの彼の作品中でもっとも内省的なアルバムであり、リスナーをすべての始まりの地へと連れ戻す〉――そんな触れ込みでポール・マッカートニーが届けたニュー・アルバム『The Boys Of Dungeon Lane』。ソロ名義の作品として『Flowers In The Dirt』(89年)以来の全英No. 1を記録した『McCartney III』(2020年)から6年ぶりのオリジナル・アルバムながら、さほどご無沙汰な感じがしないとすれば、それはポールがいまなお現在進行形のアーティストとしてバリバリ動く姿を世に示し続けているからだろう。その6年の間には欧州〜北米〜オセアニア〜南米を巡る久々の世界ツアー〈Got Back〉があり、一方では後進たちに再解釈を委ねた『McCartney III Imagined』(2021年)のリリースや、マイケル・ブーブレのプロデュース、ビヨンセやバーブラ・ストライサンドらとのコラボも経験した。もちろん、ウイングス『Band On The Run』の50周年記念盤やビートルズの『Anthology 4』をはじめとする多種多様かつ定期的なアーカイヴ作品の登場が、ポールのモニュメンタルな存在に光を当て続けていたことは言うまでもないし、モーガン・ネヴィル監督のドキュメンタリー作品「ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン」も記憶に新しいところだろう。そうした過去を掘り下げるのと並行して、水面下ではニュー・アルバムの制作が進んでいたのだ。
もっとも、自身の足跡を振り返ったという点においては、今回の『The Boys Of Dungeon Lane』にも大いに通じる部分がある。タイトルにある〈ダンジョン・レイン〉とはポールが少年時代を過ごした家の近くにある小径のことで、名声を得る前の自分を象徴する場所。なお、93年作『Off The Ground』のアウトテイク“In Liverpool”(未音源化)の歌詞では、故郷を描写するなかに〈Walking with the boys of Dungeon Lane〉の一節がすでにあり、ポールにとってはずっと重要なアイデアの起点になる言葉だったようだ。曲名からしてノスタルジックな先行シングル“Days We Left Behind”について、彼はこのようにコメントしている。
「これはまさに〈思い出の歌〉だ。『The Boys Of Dungeon Lane』というアルバム・タイトルはこの曲の歌詞から来ている。ただ過去について書いているだけではないかと思うことがよくあるが、では他に何について書けるのだろう、とも思う。これはリヴァプールでのたくさんの思い出だ。途中にはジョン(・レノン)とフォースリン・ロード、かつて僕が住んでいた通りについての部分もある。ダンジョン・レインはその近くにある。僕はスピークという労働者階級の地域に住んでいた。ほとんど何も持っていなかったが、それは問題ではなかった。周りの人たちは素晴らしかったし、何も持っていないことすら気にしていなかった」。
なお、甥のジョシュ(マイク・マクギアの息子)が手掛けたアルバムのアートワークはリバプールの街路標識から着想を得たものだそうで、そこにもスピーク地区の郵便番号が〈L24〉と記載されている。そのように人生を振り返った本作は、ポール自身の物語が始まった故郷まで聴き手を導く作品となった。
さまざまな過去からの恵み
今回も前作『McCartney III』と同じくほぼすべての楽器演奏をポール自身が行う『McCartney』シリーズの作法に則って作られているが、これが『McCartney IV』でないのは、アンドリュー・ワットが共同プロデューサーとしてさまざまな局面に貢献した作品だからかもしれない。もともとワットとの仕事を提案したのはポールのマネージャーだったそうで(当時のワットはグラミーの最優秀プロデューサー部門を受賞したばかりだった)、アルバムの制作は2021年4月に2人が初めてミーティングをした日に始まったという。紅茶を飲みながらアイデア交換をするなか、ギターを弾いていたポールは即興で新しいコード進行に辿り着いた。ワットがその録音を提案したことからアルバムの冒頭曲“As You Lie There”が生まれ、彼の後押しでポールはアルバム制作へと踏み出したのだ。
多忙なワールド・ツアーの合間を縫ってLAとサセックスを行き来しながら、数年かけてレコーディングは進行。すでにジャスティン・ビーバーやポスト・マローンらとの仕事で名を馳せていたワットは、その間にローリング・ストーンズからレディー・ガガまでの超大物を手掛ける世界有数のプロデューサーとなった。後進のヒットメイカーでは過去にグレッグ・カースティンらとも組んできたポールだが、前に出過ぎることなく主役の持ち味をうまく作品化する手腕は、パール・ジャムやオジー・オズボーンらとの仕事でも発揮されてきたレジェンド御用達のワットらしいバランス感覚の賜物だろう。
先述の“Days We Left Behind”に連なるビートルたちとの繋がりは、ジョージ・ハリスンとヒッチハイクしていた頃のエピソードから生まれたというアコースティックな“Down South”、ウイングスを思わせる70年代風のロックにジョンのような唱法で臨んだ“Never Know”、さらにはリンゴ・スターとリード歌唱を分け合う“Home To Us”(クリッシー・ハインドとテキサスのシャーリーン・スピテリがコーラスに参加)といった楽曲からも感じられる。また、現代の音楽フェスでハイになる若い女性の目線で書かれた“Mountaintop”は、テープ・ループを使うアイデアから逆算して作られたポール流サイケ・ソングで、あるいは女性の名前はルーシーだったりするのか。
その他の楽曲も新旧の過去が現在のポールに恵みをもたらした成果だ。例えば“Lost Horizon”は、いつ録音したかも定かではないデモを親友でエンジニアの故エディ・クラインが整理していたDATから〈発見〉して再現したという、過去の自分自身から授かった力強いナンバー。その一方で、妻のナンシー・シェヴェルに捧げた“Ripples In A Pond”はあえてワットにプロダクションを委ねたというポップ・チューンだ。ナンシーの姪が出産し、その新生児たちと過ごすロックダウン期間に書かれたラヴソングの“Life Can Be So Hard”も現在のポールを映すものだろう。時代を大きく遡って、両親について初めて書いたという“Salesman Saint”では戦中〜戦後を生き抜いた親世代の逞しさを称えてもいる。そしてラストを飾る“Momma Gets By”は、かつて“Lady Madonna”を書いた際のようにピアノに向かって即興で書いたものだそう。とはいえこちらはドラマティックなバラードで、重厚なストリングスが終幕に相応しい聴後感を残してくれる。
そんなわけで、ノスタルジックなモチーフに現在の心境も投影して音楽的にも多彩に仕上がった『The Boys Of Dungeon Lane』。戻らないからこそ過去は愛おしいが、手の届く現在もそれに等しい価値がある。それがポールの辿り着いた境地なのかもしれない。
『The Boys Of Dungeon Lane』に参加したアーティストの関連盤を紹介。
左から、テキサス&スプーナー・オールダムの2024年作『The Muscle Shoals Sessions』(PIAS)、クリッシー・ハインド&パルスの2025年作『Duets Special』(Parlophone)、リンゴ・スターの2026年作『Long Long Road』(UMe)
左から、ポール・マッカートニーの2020年作『McCartney III』、その再解釈盤となる2021年作『McCartney III Imagined』(共にMPL/Capitol)、ポールがプロデュースで参加したマイケル・ブーブレの2022年作『Higher』(Reprise)、ポールが演奏で参加したジミー・バフェットの2023年作『Equal Strain On All Parts』(Sun)、スパイナル・タップの2025年作『The End Continues』(Interscope)
『The Boys Of Dungeon Lane』に至るまでの、最近のポールの足跡
70年代のポールに焦点を当てたドキュメンタリー映画「ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン」の、初期ソロ〜ウイングス曲が並ぶサントラ。“Arrow Through Me”の初出デモやTV特番で披露した“Gotta Sing, Gotta Dance”の初音源化も。
リンゴの作品には定期的に顔を出しているポール。『What’s My Name』(2019年)ではジョンの“Grow Old With Me”カヴァーで共演したが、こちらのEPにはポールが書き下ろして演奏も担当する明朗な“Feeling The Sunlight”を提供していた。
ドキュメンタリー映像作品のために74年8月にアビー・ロード・スタジオで撮影/録音するもお蔵入りしていた素材が公式リリースされた一枚。当時の新5人体制によるビートルズ曲も含めたリハーサル〜スタジオ・ライヴ音源集として興味深い。
90年代の3タイトルが好評を得たアーカイヴ・シリーズの第4弾。既発のマテリアルも多く含むことで賛否を招きつつ、未発表だった13曲のアウトテイクはやはり貴重ではあるか。“Free As A Bird”のリミックスやシングル“Now And Then”も収録。
日本盤が出ないためデカい話題にはならないが、新生ダーク・ホースに移行したジョージのカタログは2025年も着々とリイシューを進行していた。なかではポールとリンゴも参加したジョン追悼曲“All Those Years Ago”収録の本作に改めて注目したい。
ビヨンセは〈BLM〉以降に再脚光を浴びたビートルズ曲“Blackbird”を本作でカヴァー。かつて公民権運動にインスパイアされてポールが書いた名曲だが、ここではギター演奏でポール自身が参加し、共同プロデューサーにも名を連ねている。

女帝バーブラによるデュエット企画盤の第2弾。ここで取り上げられたポールのジャズ曲“My Valentine”では彼みずからパートナーを務める格好でセルフ・カヴァー。以前マイケル・ブーブレが同曲を歌った際もポールがプロデュースを手掛けていた。
カントリーの女王が豪華ゲストとロック名曲の数々を取り上げたコラボ・カヴァー集。ポールはビートルズ曲“Let It Be”に招かれ、独特の歌い回しと絡みつつピアノ演奏とバック・ヴォーカルを担っている。ドラムを叩いているのはリンゴだ。
アンドリュー・ワットが手掛けたストーンズの新作アルバムにはポールの参加も伝えられている。同じくワット制作の前作『Hackney Diamonds』(2023年)でもポールはベースを演奏していたが、そもそも彼がバンドにワットを紹介したという逸話も。








