1981年のデビューから45周年を迎える角松敏生。2026年はアニバーサリーを祝う動きが加速しており、6月27日(土)には神奈川・横浜アリーナで記念ライブを開催する。日本で圧倒的な支持を得つつ、シティポップリバイバルにより海外での再評価も進んだ昨今。多くの作品が音楽ストリーミング/サブスクリプションサービス未解禁ということもあり、この機会に角松ワールドに再入門する機会を作りたい。そこで今回は1980~1990年代の名盤、代表作を改めて紹介しよう。 *Mikiki編集部
角松は大学生時代に“Still I’m In Love With You”のデモテープをコンテストに応募、それがトライアングルプロダクションの社長・藤田浩一の目に留まり、この1stアルバムとシングル“YOKOHAMA Twilight Time”の同時リリースでデビューを果たした。鳴り物入りの新人だったそうで、それは豪華な演奏陣の名前を眺めるだけでよくわかる。村上“ポンタ”秀一(ドラムス)、林立夫(ドラムス)、上原裕(ドラムス)、後藤次利(ベース)、田中章弘(ベース)、清水信之(キーボード)、井上鑑(キーボード)、鈴木茂(ギター)、松原正樹 (ギター)、今剛(ギター)、斎藤ノブ(斉藤ノヴ、パーカッション)、EPO (コーラス)、松下誠(コーラス)……。角松のデビューに懸ける期待の高さが感じられるのだ。
作詞作曲はこの頃からすべて自身によるものだが、プロデュースや編曲は角松に任せられなかったという。その点やセールスが芳しくなかったことで、葛藤や逡巡が多かったというのは有名な逸話だ(本作のプロデュースはRVCの岡村右、サウンドディレクターは志熊研三)。とはいえ、米国のソウル/R&B/ファンクやフュージョン、AOR、国内のシティポップからの影響を昇華させた、都会性とリゾート感を融合させた角松の音楽世界は早くも完成の域に達しているように思える。“Elena”のシュガー・ベイブをアップデートしたような感覚から、バラード“Still I’m In Love With You”での堂に入った歌いぶりまで、爽やかさとセクシーさ、チルでリラクシンな空気とダンサブルな機能性のバランス感覚が絶妙だ。2016年には、ボーカルの再録とリミックスをおこなった『SEA BREEZE 2016』を制作している。
1982年、杏里との出会いからアルバム『Heaven Beach』に3曲を提供、彼女の所属事務所マーマレードへ移籍した角松。続けて『Bi・Ki・Ni』のA面全曲を手がけるなど密なコラボレーションを展開し、快進撃が始まった。
同作と近い時期にリリースされたこの3作目は、転機のアルバムだ。というのも、初めてプロデュースとアレンジを全曲自ら担った作品だから。セルフプロデュースでアルバムを思いどおりにコントロールできる環境が整ったのだ。テーマ的にも変化があった。ジャケットにはまだその残り香があるものの、リゾートをイメージさせるものが減り、本作より都市生活や大人の恋愛模様を描くものにシフトしていく。
〈100%角松〉を実現したと言っていい本作は、やはり過去2作と比べて洗練度や完成度、統一感が高まっている。軽快で力強いダンサーの“OFF SHORE”“TAKE YOU TO THE SKY HIGH”、ミドルテンポで作品に起伏をもたらしている“SUMMER EMOTIONS”“BEACH’S WIDOW”、粘り気が強さと爽やかさを両立させたファンク“ANKLET”“DREAMIN’ WALKIN’”、そして静謐なバラード“LET ME SAY...”と、音楽性は実に豊か。さらにインタールード的な小品“RYOKO!!”、ラストを飾るインストゥルメンタル“SAY...GOOD NIGHT”が配置されていることで、アルバムには物語性と高い構成力が備わっており、名盤たる聴き心地をもたらしている。バックには佐藤準(キーボード)、土方隆行(ギター)、今剛(ギター)、数原晋(トランペット)といった手練れが参加。必聴の一枚だ。
自身のシングル“スカイ・ハイ(TAKE YOU TO THE SKY HIGH)”および『ON THE CITY SHORE』、そして杏里の“CAT’S EYE”や“悲しみがとまらない”のヒットで、ついにブレイクを果たした1983年。角松の名は全国区へと広がっていく。
勢いに乗るなかで生まれたのが、言わずと知れた角松の代表作のひとつ『AFTER 5 CLASH』だ。この4thアルバムでは同時代のニューヨークを中心としたR&Bやダンスミュージックからの影響を大いに反映させ、ハードで強靭なアンサンブルを軸にしたファンクやブラックコンテンポラリーやブギー路線が展開されている。スラップベースを多用した躍動感のあるソリッドなリズム、キレのあるブラスセクションを配した無駄がなく洗練度の高いアレンジ、煌びやかな響きで華を添えるシンセサイザー……。角松サウンドの完成形のひとつがここにある。
“If you...”“Maybe It’s Love Affair”“After 5 Crash”“Never touch again”の強靭さには、ひれ伏すほかない。また、シンセベースを使った“Step into the Light”では初期のヒップホップやエレクトロの要素を取り入れ(同年の12インチシングル“DO YOU WANNA DANCE”も必聴だ)。それでいて、盆踊りや音頭という日本的なダンスミュージックとファンクという西洋のダンスミュージックを融合させた“Heart Dancing(あいらびゅ音頭)”でお茶目に締める遊び心にまた痺れる。
音楽性の変化に伴い、前作では若干残していた〈夏と海〉のイメージを払拭され、テーマもジャケットも〈夜と都会〉の表象に統一された。時はバブル景気が始まらんとする1984年。その時代性や空気感にも、ぴったり合ったのが彼の音楽だった。あらゆる点で角松入門にも最適な一枚。
商業的な成功を得た角松は、新たな音楽を追い求めてニューヨークへ長期滞在するようになったという。その成果が全面的に反映されたのが、偏執的ですらある5作目『GOLD DIGGER 〜with true love〜』だ。
冒頭の“I Can’t Stop The Night”や“Secret Lover”を筆頭に、シンセベースやシンセサイザーやシモンズ(電子ドラム)によるデジタルサウンド、さらにターンテーブルのスクラッチやボーカルエディットなどヒップホップ/ラップの要素が前面化している。インタールード的な“Prajñà <Violence In The Subway>”は、まさにエレクトロ風の実験作(前年のシングル“Girl in the Box 〜 22時までの君は…”と併せて聴きたい)。
この音楽性に貢献したのは、共同プロデュースで参加した同地のミックスエンジニア、マイケル・ブラウアーだった。ブラウアーは、ルーサー・ヴァンドロスとの仕事でブレイクし、アレサ・フランクリンやジェームス・ブラウンのアルバムにも関わり、のちにジョン・メイヤーやコールドプレイとの仕事でグラミー賞を受賞している名匠。日本離れした特異な音は、日米の才能の共同作業によって生み出されたのだ。
『GOLD DIGGER』での音楽的達成をさらに推し進め、〈第28回日本レコード大賞〉で優秀アルバム賞を受賞した6thアルバム。ニューヨークでベーシックトラックのレコーディングをおこない、LAと東京でオーバーダビングを施した本作は、2作目の『WEEKEND FLY TO THE SUN』に続いて海外レコーディングを本格的に導入したアルバムとして知られている。
幕開けの“Overture 〜 Take Off Melody”を聴けばわかるとおり、プログラミングされたビートやシンセサイザーの音が生のストリングスやコーラスと融和しており、デジタルサウンドと人力の演奏の組み合わせがより高次元で昇華されている。ダンサブルで鋭い切れ味のあるリズムが際立つ一方、角松の持ち味である温かい歌心や爽快なメロディも存在感を放っており、『AFTER 5 CLASH』以降の音楽的な模索が優れたバランス感覚のもとでひとつの境地に達した感がある。AORとヒップホップが同居しているような“1975”などは、角松にしか作りえないサウンドだろう。
全編インストで固めた初のアルバム。角松がギターソロでメロディを歌う、フュージョンナンバーがメインになっている。パソコン音楽クラブがオマージュするなど、2010年代以降のシティポップリバイバルで再評価著しい作品だが、Jフュージョンに注目が集まっているまさにいまこそ聴きたい。
歌がないインストだからこそ、テクニカルな演奏の妙や機微に耳を持っていかれる。また映像喚起的で、海、岸辺、晴れた空、夕暮れ、ハイウェイ、都市……といった景色、それらを目にしたときに心の内で動く感情を浮かび上がらせるのが魅力的だ。
水飛沫のように煌びやかなギターのカッティングが光る“SEA LINE “RIE””、ハードファンク“OSHI-TAO-SHITAI “KAORI ASO” (MEMORIES OF DUSSELDORF)”などいかにも角松節な曲が多い一方、”アコースティックギターが活躍する“SUNSET OF MICRO BEACH “SATOKO””のような意外性がある曲にも注目したい。エレクトロニックな“WAY TO THE SHORE “ERI””、佐藤博のピアノが素晴らしい“SEA SONG “NAOMI””“SEA SONG (REPRISE)”といったチル&メロウサイドも極上だ。“THE BASS BATTLE “CHAKO””では、曲名どおり青木智仁、櫻井哲夫(CASIOPEA)、高水健司がベースソロでバトルを繰り広げ、Jフュージョンらしい熱が感じられる。しばらく鳴りを潜めていたリゾート性がジャケットや曲名に再び表れているのもポイントか。2017年には、リテイクや新曲などを加えた『SEA IS A LADY 2017』が発表されている。
外伝的な『SEA IS A LADY』から一転、『GOLD DIGGER』以降の方向性をより強化した7作目。本作で重要なのは、セルフプロデュースを手放し、フィリップ・セス、レニー・ホワイト、ピーター・シェラー&アート・リンゼイ、ジェフ・ボヴァ&ジミー・ブラウワーという4組の海外プロデューサーに自身の曲を委ねたこと。そのため、JADOESが参加した“I’D LIKE TO BE YOUR FANTASY”のイントロを除き、全編海外ミュージシャンによる演奏になっている。なかにはナイル・ロジャース(ギター)、マイケル・ブレッカー(テナーサックス)といったスタープレイヤーが参加した曲も。
とにもかくにも、ニューヨークの音そのものな、強力なエレクトロファンク/ブギーが極まった作品だ。しかし、オリエンタルな旋律が顔を覗かせる“GET YOUR FEELIN’”、ビル・フリゼールが参加したアート・リンゼイ製のエスノファンク“CAN’T YOU SEE”など、徹底した洋楽志向のなかに微量の異物感を混ぜ込んでいるのが角松らしさか。
このアルバムで〈第30回日本レコード大賞〉の優秀アルバム賞を再受賞。オリコン週間アルバムランキングでは、角松がプロデュースした中山美穂『CATCH THE NITE』が1位を獲り、本作が2位に輝き、トップ2を独占したことも話題になった。1980年代後半、角松が邦楽シーンの頂点に君臨していたことを証明した作品だ。
ヒットメイカーだった角松は、1990年代に入ってから内省性を深め、哲学的な思想に傾倒していったことも知られている(角松は日本大学文理学部哲学科でインド哲学を学んでいた)。自身の音楽に絶望し、私生活や人生にも疲弊し、1993年の日本武道館公演で歌手活動の〈凍結〉を宣言、無期限の休止に入ってしまう(その後、1998年に〈解凍〉)。
そんな時代を象徴するのが、この9作目だ。アルバムタイトルの意味は〈諸行無常〉。ジャケットももちろんだが、スティーリー・ダンへのオマージュを感じる冒頭の“夜離れ ~YOU’RE LEAVING MY HEART~”からして、歌詞には世を儚む悲壮感が漂っている。表題曲の歌い出しは、〈朽ち果てたビルの影から昇る/太陽の なんて冷たい目差しよ〉である。まるで都市生活やリゾートの風景を表現していた過去に対する、自己否定のように聞こえる。“夏回帰 〜SUMMER DAYS~”“この駅から… ~STATION~”といった前向きな曲でも、角松のボーカルには陰りを感じてしまう。
小林信吾との共同プロデュースで制作された本作は、東京とLAでレコーディングされた。デジタルサウンドから離れ、ジョー・サンプル(キーボード)、ラリー・カールトン(ギター)、マイケル・ランドウ(ギター)といったフュージョン系の凄腕セッションミュージシャンが参加、角松ファミリーも集結した人力のアンサンブルに焦点が絞られている。高い完成度の作品だが、やはりどこか俯いた表情を見せているように思えるアルバムで、その意味でもほかにない魅力に溢れている。







