ゲームと神話が交差する音世界――
アイスランドの新世代が紡ぐ現代叙事詩
今年の大阪万博の北欧パビリオンにて、自国の建国記念日に5,600人のオーディエンスの前でパフォーマンスを行い、日本においても着実にその名を示しつつあるのが、弱冠26歳のアイスランド出身のコンポーザー、ガブリエル・オラフスだ。
叙情的で神話的な世界観を楽曲に織り込み、〈ポストクラシカル〉的な新しい潮流の旗手として国際的な評価を得てきた彼の音楽には、一貫して北欧の自然や伝統への眼差しというものがある。しかしそれは峻厳な感覚というよりも、パーソナルで繊細な空気感が勝るのが面白い。2019年にリリースされた『Absent Minded』は14歳の頃作曲された作品をベースに、ピアノを基軸に、ストリングスやパーカッション、エレクトリックギター、アナログシンセサイザーなど多様な音色によるシンフォニックな調和が目立つ作品だったが、幻想的であり、一息つき物思いにふけりたくなるような、独特の詩情がある。そこに私は新世代の旗手としての個性を感じてきた。
そんな彼が最新アルバム『Polar(ポーラー)』をリリースした。いつもコンセプトを抱いてから創作に取り組んでいるのだが、今回は「音による仮想世界の創造」を目指した意欲作となっている。本稿では本作の音楽的側面、構想、世界観、演奏技法、そして視覚的イメージなどについて掘り下げてインタヴューをお届けする。
――まず、どんな音楽歴をお持ちなのでしょう?
「5歳でピアノを始め、クラシックを勉強し始めました。十代でジャズを始めました。私は若い頃、反逆児だったので、クラシックを跳ね除けたこともありましたが、 再びクラシックに恋し、メロディを書き溜め、作曲を開始し、クラシック音楽とピアノ演奏を学びました。19歳の頃、ビョークとも関係深いレーベルとしても知られる、英国のレーベル、ワン・リトル・インディアンズ(注:現ワン・リトル・インディペンデント・レコーズ)から作品をリリースしました。それから私はアルバムを数枚作りましたが、アルバムの多くは、アイスランドや北欧の伝統と私の過去の歴史から影響を受けた作品になっています。 その後、ニューヨークのデッカUSに移籍しました」
――最新アルバム『Polar(ポーラー)』には、どのような要素があるのでしょう。
「この作品には音楽と関連する2つの要素があります。1つはゲームの要素ですね。私はもともとビデオゲームが大好きです。子供の頃、『World of Warcraft』やアイスランドにインスパイアされた『The Elder Scrolls V: Skyrim』にハマりました。探検型タイプのRPGゲームが大好きなんです。西洋では、ビデオゲームの音楽と、ハイアートのクラシック音楽は全く異なる扱いをされ、前者は消費財とみなされています。しかし、私にとってビデオゲームとは、視覚と聴覚的要素が高度に構築され、完成度の高い、ハイアートなんです。そんなゲーム的な美学のもとで、クラシック音楽作品的なアルバムを作りたかったんですよ。また、作品の2つ目の要素には、テキスト、つまり文章があります。例えばマックス・リヒターの『ブルー・ノートブック』は素晴らしいアルバムでしたが、 詩を扱っていましたよね(註:フランツ・カフカやポーランドの詩人、チェスワフ・ミウォシュの詩を扱っていた)。今作は私にとってストーリーのある作品を手がけた、最初のものになりました」
――テキストは、スペキュレイティブ・フィクション作家のレベッカ・ローンホースの書き下ろしのものが朗読されています。
「私は長年作品のストーリーを温めてきましたが、テキストによる作品作りをするためには、やはり本物の作家が必要でした。そのため、ゲームや漫画、SFを探し回り、彼女の本に出会いました。彼女はネイティヴアメリカンで、その歴史を ファンタジーやSFの異世界へと接続する作家なんです。『スター・ウォーズ』などの作品も執筆しているニューヨーク・タイムズ誌のベストセラー作家です。彼女に声をかけ、リモートでの作業を開始し、ヴィジュアル、音楽、ストーリーと、すべて同時に進行させていきました」