シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによるユニット、Aspidistrafly。以前、私がTOKIONで取り上げた彼らが運営するのが、親密で幻想的なポストクラシカル~アンビエントの名レーベル、KITCHEN. LABELである。haruka nakamura、冥丁、いろのみ、Hiroshi Ebinaら日本の作家とも縁深く、装丁や特殊パッケージへの美意識も際立っている。インパートメントや雨と休日や春の雨 cafe & recordsとも親和するその音楽には、地に足の着いた生活圏と人間圏への誠実さがある。
狂気に包まれた時代にあっても、人間であることを諦めず、今ここを生きるための静かな魅力を差し出す。記憶はここで懐古ではなく、揺らぎや余白を通じて他者へ開かれる場となる。それは小さな祈りの形式でもあり、都市の速度から少し離れ、触れられる音で世界をもう一度見直す営みでもある。静けさの奥に、耳を澄ます。
そんなレーベルから、Tokyo Bedroom Orchestra(以下=TyBO)こと中村ヒロの新作『追憶』が届いた。中村は、「STEINS;GATE ELITE」「ゆるキャン△」「学園アイドルマスター」といったゲーム/アニメ作品に携わってきた音楽家だが、ここではカセットテープ、フィールドレコーディング、声、ストリングス、写真、生活の記憶を重ね合わせている。そんな本作について、制作の背景と思想を聞いた。

美しい福岡の自然を音で描写
――『追憶』という表題には、単に過去を思い出すというよりも、記憶が音や風景として、ふと〈立ち現れる〉感覚があります。中村さんにとって、この作品でいう〈追憶〉とはどのような状態なのでしょうか。本作の根幹に関わる質問ですね。
「この作品を作る一番のインスピレーションは、福岡に移ってから生まれたものでした。数年前に東京を離れて、まずは北九州に住み、その後、福岡市内の志賀島にも近いエリアに移りました。そこで自分が経験して、見聞きしてきた福岡の自然――風も、虫も、鳥も、空も、海も、すべてが本当に美しいと感じたんです。
自然の中で過ごした時間が凄く創作意欲を掻き立ててくれて、過ごしてきた時間を――〈想い出のアーカイブ〉というか――音として残しておきたいと思いました。自分が生活してきた数年間の時間を音で振り返るような形で作っていき、それが『追憶』という形になりました」
――今おっしゃった通り、本作は直接的な情景描写ではなく、光や距離感、自然の微細な揺らぎを、〈音の記憶〉として描いた作品とのことです。その〈音の記憶〉という感覚は、制作において、どの段階で見えてきたのでしょうか。
「ここ(福岡)での生活を振り返る形で生まれたという面もありますが、最初は、それこそ手で(機材を)触りながら音を作っていったので、具体的なテーマを持っていたわけではありませんでした。あちこちで音をフィールドレコーディングしたり、カセットテープやギター、シンセをいじりながら音を重ねたりしていって、その制作していた時間、そのものが福岡にいる時間だったんですね。
そうやって、なんとなく〈追憶〉のようなコンセプトが生まれた時に、はっきりとした解像度の高い音で作るのはちょっと違うなと。やっぱり、少し輪郭が丸いというか、記憶を思い出すようなぼんやりした音で作りたいなと思った時、〈ああ、カセットテープだな〉と」
――中村さんがコロナ禍に始めた〈日々の風景に音を当てていく〉という作品づくりとは違う、アルバムに向けての制作だったということですね。
「ええ。福岡の美しい自然を音で描写してみたいという思いがあって、もともと外に出る時にはフィールドレコーディングをすることが多かったんです。秋口の虫の音とか、夏の海の音とか、春先の公園の音とかを録って、四季を跨いだフィールドレコーディングを終え、そこにまた音を重ねたり、引いたりして、形にしていったんですね」