©大窪道治/2024OMF

小澤征爾と武満徹の足跡を辿る旅

 1992年に指揮者・小澤征爾が創設した、毎夏、長野県松本市で開催される国際音楽祭が今年も開催されます。恩師・齋藤秀雄の名を冠して〈サイトウ・キネン・フェスティバル松本〉としてスタートし、2015年に〈セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)〉へ名を改め、30年以上の歴史を積み重ねてきました。フェスティバルの最大の魅力の一つが、世界中の優れた音楽家たちが、このフェスティバルのために集結する〈サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)〉の演奏。小澤征爾と共に歩んできた熟練のメンバーから、その精神を受け継ぐ気鋭の若手奏者まで、世代を超えた音楽家たちが一つの響きを作り上げるそのオーケストラを中心に、オーケストラコンサートやオペラ公演、室内楽コンサートなど、多彩な演目が披露されます。貴重な小澤征爾の残した言葉とともに、今年の聴きどころをご紹介します。 *intoxicate編集部


 

©山田毅/2025OMF

 2014年8月4日、小澤征爾は外国特派員協会(東京・千代田区)で記者会見に臨み、恩師・齋藤秀雄の没後40年とその名を冠したサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)の結成30周年の節目に当たり、〈サイトウ・キネン・フェスティバル松本〉(1992年発足)の名称を〈セイジ・オザワ 松本フェスティバル〉に変更すると発表した。この日の小澤は饒舌だった。すでに健康不安が長期化、誰もが尋ねたくても尋ねられなかった質問、「フェスティバルの後継者を誰にするか?」についても、意味深長に語った。

 「これは職業上の秘密だから、まだ言えない。僕が死んだら誰が残るのか、やってくれるのか……。僕もバカじゃないから、フェスティバルを始めた時から考えている。僕が〈可能性がある〉とみる指揮者をゲストに呼び、サイトウ・キネン・オーケストラの仲間とコンサート、オペラを一緒にやってもらう姿を見ながら、考える」

 さらに「世界中、いろんなことが起きているけど、僕たちが信じたいのは、音楽は昔から、人の心に一番早く伝わる芸術ということ。絵は目から、彫刻は触ったり見たりして理解するから似ているかもしれないが、文学だと先ず字が読めて、さらに理解しなければならない。音楽は耳が動いている限り、直接はいってくる。大バッハもオーケストラも歌も、さらにポップス、ジャズ、ロックのどれをとっても、それなりにポンと、はいってくる。この良さをずうっと大事にして、もっと多くの人々にわかってもらわなければならない」と、音楽の永遠の価値を説いた。

 2026年のセイジ・オザワ松本フェスティバル、サイトウ・キネン・オーケストラの演目は首席客演指揮者の沖澤のどかがメシアンの“トゥランガリーラ交響曲”を指揮するAプログラム、しばしの雌伏を経て一線に復帰したフランスの名匠フランソワ=グサヴィエ・ロトがブルックナーの“交響曲第8番”(ハース校訂版)を指揮するBプログラムの2つ。

 “トゥランガリーラ”は20世紀フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンが第二次世界大戦の終結直後の1949年、クーセヴィツキー音楽財団の委嘱で完成し、レナード・バーンスタイン指揮ボストン交響楽団が世界初演した。小澤はこの曲をメシアン立ち会いの下にNHK交響楽団と62年に日本初演した後、トロント交響楽団と67年に録音(RCA→ソニー)、ボストン響音楽監督時代にも指揮している。メシアン唯一のオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」を83年、パリ・オペラ座で世界初演したのも小澤だ。一方、バーンスタインはヘルベルト・フォン・カラヤン、シャルル・ミュンシュと並ぶ欧米での小澤のメンター(理解&支援者)だった。最晩年の小澤が自らSKOの首席客演指揮者に指名した沖澤は、メシアンとバーンスタインにゆかりの名曲と正面から向き合うことでフェスティバルの命運を握る。電気楽器オンド・マルトノは第一人者の原田節、ピアノは透徹した音楽性で急速に評価を高めつつある務川慧悟が独奏する。