前号で音楽評論家の大西さんにご紹介いただいた、望月慎一郎です。私はジャズピアニストとして活動しています。もちろん、他のピアニストたちと同じように、さまざまなバンドやプロジェクトに参加して演奏することもあります。
ただ、自分の音楽についてお話ししようとすると、少し説明が必要になります。私は、かなり変わった環境で音楽を作っているからです。
今回から始まるこの連載では、私がどのように音楽と向き合っているのか、そして、そのためにどのような楽器やシステムを作ってきたのかをお話ししていきたいと思います。
まずは、自宅の音楽室にある、少し奇妙なグランドピアノの話から始めましょう。
奇妙なピアノ
音楽室には、少し奇妙なグランドピアノがあります。普通に演奏しているだけなのに、どこからともなく電子音が重なってくるのです。しかも、その場にシンセサイザーは存在しません。ジャズ仲間がリハーサルに来ると、たいてい最初に戸惑います。〈いま、誰がその音を出したの?〉
さらに不思議なことに、その音はスピーカーからではなく、ピアノそのものから鳴っています。アコースティックピアノと電子音が同時に聴こえるのに、PAも使っていません。
電子音がピアノから鳴る
仕組みを簡単にご説明しましょう。ピアノの演奏情報をもとに、私自身が設計した電子回路がリアルタイムに音を生成します。そして、その音をスピーカーではなく、ピアノの響板に直接送り込みます。この発想を可能にしているのが、ヤマハが開発したトランスアコースティックTMピアノという技術です。トランスアコースティックTMピアノでは、電気信号をピアノの響板そのものの振動に変換することで、響板を発音体として利用できます。私はその楽器に、新しい電子音を住まわせています。
つまり、このピアノでは、ピアノの音も、電子音も、すべてピアノが鳴らしているのです。
なぜこんなものを作ったのか
市販のソフトウェアや既製の電子楽器を使う方法もありました。ですが、どうしてもそれでは実現できないことがあるように思えました。私は、演奏と完全に一体になった楽器を作りたかったのです。そのためには、音を出す仕組みそのものを自分で設計する必要があると感じていました。だから私は、既製品を組み合わせるのではなく、回路そのものを作る道を選びました。もともと私は、半導体設計の仕事に携わっていました。音を作るだけでなく、その振る舞いそのものを設計するという発想は、私にとってはどこか自然な流れだったのかもしれません。
ピアノを弾いていると、こんなことを考えることがあります。〈アタックの後にも、音色を設計できないだろうか〉
ピアノは、鍵盤を押した瞬間に音が立ち上がり、その後は時間とともに減衰していく楽器です。もちろん、その減衰の中にも豊かな表情があります。しかし、演奏者が直接的に音を作り込めるのは、基本的には音の立ち上がりの瞬間です。それならば、その後の時間にも音色の変化を持ち込めないだろうか。そんな問いが、少しずつ形になっていきました。
ピアニストはピアノを弾くべきだ
もうひとつ、理由があります。ジャズやフュージョンのライヴでは、ピアノの上にシンセサイザーを置く光景をよく見かけます。いわゆる二段キーボードです。もちろん、とても便利な方法です。ただ、私はどうしても少し違和感がありました。ピアニストは、ピアノを弾くべきではないでしょうか。
楽器を持ち替えるのではなく、ピアノそのものを拡張できないだろうか。そんなふうに考えたのです。
もちろん、私は二段キーボードを否定したいわけではありません。例えば、ECMで活動するライナー・ブリューニングハウスや、パット・メセニー・グループのライル・メイズは、ピアノとシンセサイザーを見事に融合させてきました。私は彼らを心から尊敬していますし、多くの影響も受けています。それでもなお、私は自分の演奏ではピアノから離れたくありませんでした。だからこそ、ピアノそのものを拡張したいと思ったのです。
ピアノの中に電子音を入れる
そこで私は、鍵盤を持たないシンセサイザーを作りました。ピアノを弾けば、その演奏に応じて電子音が生成されます。しかも、その音はスピーカーからではなく、ピアノの響板から鳴ります。結果として起きたのは、単なる音の追加ではありませんでした。電子音がピアノの共鳴の中に入り込み、まるで楽器の一部であるかのように振る舞うのです。私はこれを〈ピアノの拡張〉と考えています。アコースティックピアノを演奏しながら、同時に自分で設計したデジタルの音響を操る。しかし、演奏者が弾いているのはあくまでピアノです。私にとっては、それがとても大切なことなのです。

望月慎一郎
静岡県出身。6歳で曲を書きはじめた。13歳の頃には海外でも自作曲を披露し、既に作曲は日常のものとなっていくなかでジャズに出会い、以降は独学で研究を重ねている。尊敬する宇宙飛行士らの影響を受けてエンジニアへの憧れもあったため音楽大学ではなく工学部へ進学。在籍時は放射線管理区域で実験を繰り返す毎日を送りながらも音楽創作活動を継続。半導体技術にも精通しているため、自身で設計したDSPデバイス(デジタル信号処理プロセッサ)をアコースティック音楽に持ち込む試みも行っている。