長野・安曇野を拠点に活動するベーシスト、中島仁。彼が、ニューアルバム『ミラー・オブ・ザ・マインド(Mirror of the Mind)』をリリースした。デビューアルバム『ピオッジャ(Pioggia)』(2018年)に続く本作は、同地の自然から得たインスピレーションとECMなど欧州ジャズの要素の融合をさらに進めた快作。望月慎一郎(ピアノ)、橋本学(ドラムス)とのトリオを中心に、オーべ・インゲマールソン(テナーサックス)をゲストに迎えて吹き込んだオリジナル作品集になっている。そんなアルバムについて、音楽ライターで同じくベーシストでもある坂本信がじっくりとインタビューした。 *Mikiki編集部
ロックでベースに目覚め、ECMの洗礼を受ける
――本サイトには初登場ということで、まずは中島さんご自身のことについてうかがいますが、最初はエレクトリックベースを弾いていて、ウッドベースを始めたのは安曇野に移ってからだそうですね。
「もともと中学生の頃、ビートルズにハマって、高校生になって何か楽器がやりたいなと思った時に、ポール・マッカートニーとか、ちょうどその頃出てきたジャパンのミック・カーンとか、とにかくベースばかりが耳に入ってきたんですね。それでエレクトリックベースを弾き始めて、最初はヴァン・ヘイレンなどのロックもやっていましたが、そのうちフュージョンも聴くようになって、ジャコ・パストリアスにたどり着き、フレットレスベースで自分の個性を出せるんじゃないかと思って一生懸命やっていました。
大学ではジャズ研に入って、周りの部員からいろいろなジャズを聴くように言われて、わからないながらも聴いているうちに体の中に入ってくるものがあって。でも、ビバップみたいな方向性のものは自分の音楽じゃないなと思っているところで、先輩からECMを聴かせてもらったんです」
――おお、なるほど。
「ECMの好きな先輩のバンドがヤン・ガルバレクなんかの曲をやっていたんですが、僕が聴いて最初に衝撃を受けたのは、エバーハルト・ウェーバーのカラーズというバンドでした。とくに『Silent Feet』というアルバムはとにかく美しくて、クラシカルなテイストがありながら自由にやっているところに惹かれたんです。それで、ジャズと言ってもいろいろあるんだなと思って、中でもとくにECMが僕の音楽の中でウェイトを占めていきました。
ただ、その頃もまだエレクトリックを弾いていて、ジャズだからウッドじゃなきゃいけないということはないだろうという考えも自分の中にあって、スティーヴ・スワロウみたいな人もいるわけだし、エレクトリックでできることはいっぱいあると思っていました。
で、その後長いブランクがあって、久しぶりに音楽活動を再開したくなった時に、エレクトリック以外の楽器もやってみようと思って、ウッドを始めたんです。ECMのアコースティックなサウンドを聴いているうちに、アコースティック楽器であるウッドベースが音楽に与える影響というものにようやく気付いたんですね」
ECMのベーシスト、アンダーシュ・ヤーミンへの憧憬
――安曇野なら、東京よりも居住空間に余裕があるとか、気候の点でも〈木の箱〉で出来ているアコースティック楽器に優しいということもあったんでしょうか。
「そうですね。生楽器を深夜に弾いても怒られない環境だし(笑)、首都圏に比べて湿度が低くて、楽器が良く鳴ると思います」
――ECMのウッドベースと言えば、デイヴ・ホランドやゲイリー・ピーコック、パレ・ダニエルソン、ミロスラフ・ヴィトゥス、バール・フィリップスなど、いろいろな人がいますが、中島さんがお好きなのは誰ですか。
「そうですね、エバーハルト・ウェーバーは5弦のエレクトリックアップライトという、やや特殊な楽器を弾いていましたが、ウッドと言えばアンダーシュ・ヤーミン※でしょうか。ボボ・ステンソンのトリオで来日した時には観に行きました。
彼のサウンドが好きなんですよ。テクニックも素晴らしくて、ECMではありませんがソロベースの『Alone』というアルバムなんかは、聴いているだけで幸せになれます(笑)。ヴィトウスとかピーコックも大好きですが、とくにこの人と言われればアンダーシュ・ヤーミンですね。
彼が25絃箏奏者の中川かりんとレナ・ウィレマルクと共演したECMの『Trees Of Light』というアルバムも大好きです。僕も安曇野在住のジャズピアニストの伊佐津さゆりさんが松本在住の渡辺邦子さんという箏の大師範の方と組んだJazz Iriseというユニットに参加していて、ピアノと箏の音ってけっこう合うんだなあと思ったりもしているんですが、ヤーミンが和楽器の箏に目を付けたのは不思議ですね」