最終的には自分の耳が頼りとなる
音に対する興味が高じて、音楽ソフトを制作する音楽家というのは、珍しいものではない。しかし、ハードを制作する音楽家とは? 仮にいたとしても、技術者が遊んでいる、といった印象にとどまり、そのクオリティーに関しては、目を瞑らなければならず、「音楽家」と呼ぶのは、どうだろうか。
ところが、例外というものに出会ってしまった。
半導体・電子デバイス研究の現場で培った知見を、アコースティック・ピアノとデジタル技術を融合させた独自の音楽実践へと昇華するピアニスト、望月慎一郎。
幼少期から作曲を生活の一部として続けてきた彼にとって、「音色」は単なる装飾ではなく、作品世界そのものを設計するための中核的な要素である。基音(元となる音程)にどの倍音をどのように重ねたとき、自分が最も深く感動するのか――その感覚を少しずつ言語化し、モデル化していく過程から、彼にとっての創作が始まる――。
英才教育を受けていた、幼稚園のころから、ショパンを愛していたそうだ。もちろん、どんなピアニストであれ、まだ弾けない時期であるに違いないけれど、ショパンの音に反応し、憧れを募らせていたと振り返る。音楽教室では上原ひろみと場を共有していた。すでに絶対音感を備えて多様な音楽を聞き取っていた望月だが、上原のピアノだけは完全には「聞き取れない」部分があり、それがコンプレックスになったと同時に、ジャズへの入口にもなったのだと言う。譜面に書かれていない情報が、「今ここに」大量に存在し、それを耳と身体で共有しなければ再現できない世界がある――その実感が、彼を即興音楽の側へと押し出していく。
とはいえ、望月にとってジャズは、最初から自分の音楽の中心として置かれていたわけではない。長らくクラシックを中心とした価値観のなかで、ジャズは、あくまでリズムやインプロヴィゼーションが前面に出るジャンルだという先入観を持っていた。そうした認識を根底から覆したのが、ミロスラフ・ヴィトウスのECMレーベルでのリーダー作品との出会いであった。交響曲を聴くような物語性のあるアルバム構成、長い時間軸を通じて一つの物語が編まれていく感覚に触れたとき、望月は「これほどの世界観をジャズで表現できるなら、ジャズという選択肢を本気で選ぼう」と考えるようになった。
その後、彼はあえて音楽大学ではなく工学部へ進学し、半導体や電子デバイスの研究に携わる道を選ぶ。電子部品の挙動を理解するための解析手法やシミュレーション技術は、そのまま自分の音を奏でるための実験へと転化される。音響合成やエフェクト設計の思考へと接続され、ピアノの音色をデジタルで拡張する装置開発へとつながる。
基音に対する倍音の配置をリアルタイムに制御し、「この瞬間、この空間でしか鳴らない音」を作り出すことができれば、創作の可能性はほぼ無限に広がる。そのため、彼はある曲のために専用の音響システムを組み上げることさえある。音色設計は、ここでは、もはや後付けのミキシングのようなものではなく。演奏の核を形づくる基本的な音楽の設定となる――。
望月には「自分の制作環境でピアノを弾いているとき、うまくいっているときはオーケストラを指揮しているような気持ちになる」ときがある。自分の内部にある多声的な動きを緻密に制御し、その全体が一つの呼吸で動いていると感じられる状態なのだろう。だからか、テクノロジーの思考と演奏を「どう使い分けているのか」と問われても、困惑した表情を浮かべる。どちらも、細部を積み上げていく職人技であり、アコースティックの音色もデジタルの音色も、自身の経験と耳を信用して磨かれる作業であるに他ならない。現場での音作りについては、強い現実感をもって語る。同じ機材を持ち運んでも、会場が変わると設定はほとんど役に立たず、毎回その場に応じて臨機応変に対応しなければならない。ホールの形状、残響、客席の密度、電源環境――そのすべてが音に影響する。
最終的には自分の耳が頼りとなる。その場でしか通用しない最適解を、耳と身体で探り当てていくことが彼にとっての「技術」なのだろう。
ジャズの現場では、とりわけ譜面にない情報を扱うことの難しさと魅力を強調する。譜面に書かれていないニュアンスや呼吸、音と音のあいだのわずかなタイムの揺れ、ミュートされた音色の変化といった情報は、他人任せには再現できない。
かくして、望月のピアノには、工学的な分析と即興的な感性が同居する。同時に、交響曲のような構成感とジャズのスリルも追求する。工学的なバックグラウンドを汎用化し得ない自身の音楽的感性にフィードバックさせ、稀に見るテクノロジーと音楽的感性の往還が生じている。
望月慎一郎(もちづき・しんいちろう)
静岡県出身。6歳で曲を書きはじめた。13歳の頃には海外でも自作曲を披露し、既に作曲は日常のものとなっていくなかでジャズに出会い、以降は独学で研究を重ねている。尊敬する宇宙飛行士らの影響を受けてエンジニアへの憧れもあったため音楽大学ではなく工学部へ進学。在籍時は放射線管理区域で実験を繰り返す毎日を送りながらも音楽創作活動を継続。半導体技術にも精通しているため、自身で設計したDSPデバイス(デジタル信号処理プロセッサ)をアコースティック音楽に持ち込む試みも行っている。8月発行号より本誌での連載がスタートする予定!