コラム

ホールもまた〈楽器〉――音響設計の巨匠、豊田泰久が手掛けた最新作はハンブルグのエルプフィルハーモニー

ホールもまた〈楽器〉――音響設計の巨匠、豊田泰久が手掛けた最新作はハンブルグのエルプフィルハーモニー

音響設計の巨匠、豊田泰久氏 ~最新作はハンブルクのエルプフィルハーモニー

 ホールもまた、〈楽器〉である。どんなに素晴らしいソリスト、オーケストラが懸命に演奏しても、まったく響かなかったり、あるいは響き過ぎて分離の明瞭度を欠いたり、舞台と客席の一体感が乏しかったり……と、音響に問題を抱えるホールは多い。アメの包装を解く際に生じるノイズ、携帯電話やバッグ、財布につけた鈴?の音など、本人はこっそり取り計らっているつもりでも、意外なほど広範囲の聴衆からにらみつけられるのは、客席を含めたホールの空間全体が1個の楽器として機能しているからである。音響家(アクースティシャン)は建築家と綿密に打ち合わせながら、原寸の10分の1とかの模型やコンピュータ・シミュレーションなどを使ってホール内の響を整えていくプロフェッショナルだ。

 ある世界的ピアニストは専属の調律師(ピアノチューナー)とつねに行動をともにし、公演会場に入ると2人して、音響を徹底的にチェックする。何をどう工夫しても響きが改善されなかった場合、どんな大都市の有名ホールであっても、2度と訪れないことで知られている。ある日、ピアニストは私に対し、こんなことを漏らした。「舞台下の空間は弦楽器の胴体と同じで、空洞以外にありえない。あのホール、最初から全然響かないと思っていたら何と、独自の音響理論に基づき、せっかくの空間にコンクリートを充填していると聞かされ、仰天した。本番中もずうっと気持ちが悪く〈もう、ここへは絶対に来ない〉と決めた」。自他ともに厳しいことで知られるヴィルトゥオーゾなりの見識だが、この人が音の問題に関し、全幅の信頼を寄せる音響家が世界に1人だけいる。

 豊田泰久氏。永田音響設計に所属し、ロサンゼルスとパリの事務所を切り盛りする。1952年(昭和27年)、広島県福山市の生まれで父は尺八、母は琴を趣味にしていたが、息子は高校生時代からオーボエを吹いた。72年、音響設計他3つのヴィジュアルデザイン系の学科計4学科しかないユニークな国立大学として発足したばかりの九州芸術工科大学(現在は九州大学と合併)に入って音響を専門に学びながら、大学のオーケストラでもオーボエを続けた。77年に永田穂氏が設立した事務所へ就職し、86年完成のサントリーホールの音響設計の主担当者を勤めたころから、徐々に頭角を現した。同ホールの開場時点から演奏を続け、音響を極めて高く評価、テクノロジーへの興味も並外れて強いポーランドの名ピアニスト、クリスティアン・ツィメルマンは自ら豊田氏を探し当て、コンタクトをとってきた。

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