(左から)Ingel(ベース)、Yukiko(キーボード、トランペット)、Miuko(ヴォーカル、ギター)、Fumie(ドラムス)
 

ceroがカクバリズムからデビューする以前の2000年代後半、彼らが同世代のミュージシャンとして活動の場を共にすることが多かったバンドに表現(Hyogen)、そしてFALSETTOSがいた。しかし、FALSETTOSについてはその活動歴にもかかわらず正式な音源は残しておらず、〈ガールズ・バンド〉ということ以外には情報がない、謎めいた存在だと思っていた人も少なくないだろう。

その一方で、2015年には坂本龍一の番組〈RADIO SAKAMOTO〉(J-WAVE)のオーディションコーナー年間優秀曲に“Ink”が選出されて周囲を驚かせたり、2016年にはNYでのライヴを敢行するなど、彼女たちの音楽の魅力と奔放な行動力をうかがわせるニュースも断片的には伝え聞いていた。とはいえ、そういった活動において、ひとつひとつの点は劇的ながら、それがなかなか継続的な線につながらなかったことは、本人たちにとってもジレンマだったのかもしれない。

そのFALSETTOSが、ついにファースト・アルバム『FALSETTOS』をPヴァインからリリースする。〈東京インディー・シーン最後の刺客〉というキャッチコピーを大掛かりに感じるかもしれないが、〈本気〉と〈奔放〉がナチュラルに融合した彼女たち4人の音楽には、確かに人の心を刺す力があるし、どうにもならない状況をこじ開けるような計り知れなさがある。果たして、その道のりは苦節だったのか、あるいはマイペースだったのか。そんなFALSETTOSの始まり、そして現在をMiuko、Ingel、Yukikoの3人に訊いた(Fumieは事情により欠席)。

FALSETTOS FALSETTOS P-VINE(2018)

男子が女子に淘汰されていった感じはあるかも

――僕にとってFALSETTOSって、ずっと〈伝説のバンド〉というか〈噂のバンド〉だったんですよ。2000年代の後半、ceroと表現(Hyogen)と深い関わりを持っていたバンドとして、その名は知っていたんですが。なので、まずはそのあたりのことを訊いていきたいです。

Miuko「高校生の時に私とIngelが同じ高校で、表現(Hyogen)の古川麦くんも同じ高校だったんです。それで友達でした。(ceroの)髙城(晶平)はなんで紹介してもらったんだっけ?」

※現在、ceroのサポート・メンバーでもある
 

Ingel「私が高校の時に仲の良かったトムっていう男子がいて、その子が髙城と同じ中学校だったんです」

徳山知永。メディア・アーティスト、プログラマー。池田亮司のテクニカル・チームや〈みえないものを設計するー清水建設の6つのプロジェクト〉への参加などで知られる
 
『FALSETTOS』アルバム・トレイラー 
 

――トムさんは黎明期のceroにとって重要人物ですね。みんなの溜まり場を作っていたという。

Ingel「彼と私が仲良かったんです。高2の時に、〈ベースを買いたいんだよね〉ってトムに言ったら、〈じゃあ、もう1人一緒に楽器を観に行くやつを連れて行くよ〉って御茶ノ水に連れて行ってくれて。それが髙城くんに初めて会った日(笑)。3人で楽器屋に行った」

Miuko「そうなんだ! 良い話だね」

――トムくんは吉祥寺のbar dropで2000年代半ばに〈Home & Away〉というライヴとアートが融合するイベントをやっていましたよね。そこにceroや表現(Hyogen)も出ていたと聞いています。

Miuko「私たちもそれに1回だけ一緒に出たよね」

Ingel「ceroは、まだ名前があったかどうかっていうくらいの頃ですよね」

Miuko「そんな時から音楽の交流があったんです」

――FALSETTOS結成のいきさつはどういう感じだったんですか?

Miuko「結成は10年くらい前です。ある日、私が〈バンドをやりたいな〉と思って、Ingelに声をかけたんです。ドラムはしばらく見つからなかったんですけれども。その時、私が就職活動をしていて、内定をもらった会社の人事の人がいまのドラム(Fumie)なんです(笑)。こんなかわいい人がドラムを叩いてくれたらいいなと思って、誘って、その3人で最初は始まりました。あとは、Ingelの飲み友達の男の人がキーボードをやってくれたりとか」

Ingel「ユッキー(Yukiko)が入ったのが7年くらい前だっけ?」

Yukiko「そうだと思う。私は、表現(Hyogen)のメンバーと大学が一緒でした。だから、なんとなくみんなのことを遠くから見てたっていう感じでしたね」

――もともと〈ガールズ・バンド〉にしたいとか、そういうコンセプトはあったんですか?

Miuko「いや、ないですね。最初は男の人もいたので。ただ、女子の方がつるんでいて楽しいので、男子が女子に淘汰されていった感じはあるかもしれないんですけど(笑)」

一同「(笑)」

Ingel「〈淘汰〉なんて言われてかわいそうだけど(笑)」

 

FALSETTOSは棍棒を1本だけ持って戦っているような感じだったかも

――音楽的には〈こういうバンドにしたい〉というロール・モデルはあったんですか?

Ingel「私はスリッツが好きでした」

Miuko「最初はIngelと2人でそういう話をしていましたね。スリッツとか……」

Ingel「ホール(笑)? でもホールになりたいとは思わなかったよね」

スリッツの79年作『Cut』収録曲“Typical Girls”、歌詞は〈典型的な女子〉を皮肉ったもの
 

Miuko「IngelとCDを聴かせあって、〈こういうのがやりたいよね〉って話をした気がする」

Ingel「私はブリーダーズが大好きで、そのイメージもあったから、自分がバンドを組むんだったらメンバーは女性がいいなって思っていました」

Miuko「あっ、そうなんだ!? それは知らなかった」

――〈FALSETTOS〉というバンド名は最初からあったんですか?

Miuko「結成した頃にいくつか候補を出して……。〈FALSETTOS〉はIngelが考えてくれたんだよね?」

Ingel「そう。〈FALSETTOS〉は自分のメアドにしようと思っていたんですけど、バンド名が無いって言ったから、じゃあ、提供しようかなと(笑)」

Miuko「全然、意味とか込められていないよね。たぶん語感で決めています」

Ingel「〈○○ッツ〉って良くない?みたいな(笑)。候補に挙がっていたバンド名が、本当にろくでもなかったんです」

Miuko「本当にひどかったよね。〈飛脚〉とかさ(笑)」

――〈飛脚〉ですか……(笑)?

Ingel「Fumieさんがお江戸感を出して来たんだよね」

Miuko「〈飛脚〉とかありえなくないですか? あっ、でも、〈飛脚〉ってバンドが日本のどこかにいるかもしれないけど……」

一同「(笑)」

――歌詞が英語なのは最初からですか?

Miuko「最初からですね」

――もちろん好きな音楽が洋楽だからというのもあると思うんですけど、他にも英語詞がしっくりと来る理由があったんでしょうか?

Miuko「自分たちは日本では売れないと勝手に思っていたんです。だったら、世界中の変態みたいな人たちに届いたらいいなと思って英語にしました。でも、まだそんなに海外には届いていないんですけどね」

――さっきも言いましたけど、僕はFALSETTOSは名前だけ知っていたんです。それで、当時を知る友達とかに話を聞くと、〈FALSETTOSはすごかった〉と言っていて、それもあって頭の中でイメージが膨らんでいたんですよね。

Ingel「私たちは不器用で、技術がやりたいことに追いついていなくて、それしかできないから、それが良い風に見えていたのかもしれない(笑)。棍棒を1本だけ持って戦っているような感じだったかも(笑)」

一同「(笑)」

Miuko「ceroはもっといろいろな武器を持っていたからね」

 

〈やぶれかぶれ〉みたいな日もあるしね

――実際に僕がFALSETTOSのライヴを観たのが2015年8月。奔放というか、野放図というか(笑)。すごくカッコよかったですよ。でも、当時にしてすでに結構なバンド歴があったのに、まだ流通に乗った正式な作品はない状態でした。やっぱり、オフィシャルの音源を制作するに至る道筋はなかなか険しかったんですか?

Miuko「険しかったですね……(笑)。メンバーの脱退とか妊娠とかもあったし、私がいろいろとうまくいかないことに嫌気が差して、全力で動けなかった期間みたいなのもあったし。本当はそんなの気にしないでガツガツやればよかったんですけど、なんか気にしちゃって(笑)。思う通りにいかなかった期間が長かったですね」

――そこを抜けるきっかけはあったんですか?

Miuko「ある時、〈もうバンドをやめてもいいや〉って思ったら切り抜けられました(笑)。〈もうどうなってもいいや〉って(笑)。実は、今回のリリースよりも前にちゃんとしたエンジニアさんに録ってもらった音源を作っていたんですけど、それもうまくいかなかったんです。自分たちでやろうとしても納得のいくクォリティーのものにならなかったりして。そういう期間がすごく長かったので、飽和状態になっていました」

――それは大体、ここ何年くらいの話ですか?

Miuko「めっちゃ長いですよ!」

――〈バンドを解散してもいいや〉って思ったのは?

Miuko「あー、それはもう半年前くらいです。去年の夏とか」

一同「(笑)」

――結構悩みを引っ張っていたんですね。

Miuko「引っ張りましたね。うん。でも、〈このバンドもう解散してもいい〉というか、とりあえず自分たちで制作した音源を出して、それで自分がどういう気持ちになるかわからないけれど、やめたかったらやめればいいし、また気持ちが変わって、続けたかったら続ければいいやって思ったんです。

それを周りのミュージシャンや音楽関係の人に聞いてもらったら、〈曲が良いからちゃんとこだわって、自分たちの納得いくものを出した方がいい〉って言われたり、〈なんだったらレーベルを紹介するよ〉って言ってくれた人もいたんです」

――とはいえ、例えば2015年には坂本龍一さんのラジオ番組〈RADIO SAKAMOTO〉で“Ink”が褒められていますよね。

Miuko「そうですね。いや、もう、めちゃめちゃうれしくて。その時、バンドに勢いがついていたと思うんですけど、そのタイミングでFumieが2人目を妊娠してバンドが休止してしまって(笑)。まあ、いまは別に家族ぐるみで楽しくバンドをやっているからいいんですけど。その時は、やっぱり一悶着あったり、いろいろありましたね(笑)」

――いろいろと乗り越えて来たわけですね。

Miuko「打たれ弱かったんです。気にしないでやればよかったんですけど(笑)」

――でも、そのおかげでこれだけのアルバムがついに出来たわけですから。資料にも〈東京インディー最後の刺客〉って書いてありますし。

Miuko「ね。うまい言い方をしてくれましたよね(笑)」

――自分たちとしても、満を持して、いよいよっていう形でレコーディングに臨んだんですか?

Miuko「そうですね。曲には自信があったので。今回、録ってくれた鈴木歩積くんってエンジニアは快速東京とかGOING UNDER GROUNDとかを録ってきていて、すごく信頼できる方なので、その人であれば絶対に良いものが出来るっていう自信がありました」

――FALSETTOSの音楽はポスト・ロック的とも言えるんですけど、前に観たライヴでは野蛮なガレージ感もあって。クールさだけではない何かがありますよね。ちょっとやぶけたような感じが。

Miuko「〈やぶけた感じ〉? うん。〈やぶれかぶれ〉みたいな日もあるしね(笑)」

Ingel「あるある(笑)」

Miuko「本当の意味で〈やぶれちゃってる〉日もあるよね」

――それをこうやってスタジオの音に定着させるって、結構大変だと思うんです。

Ingel「エンジニアさんが空気感みたいなものは大事にしてくれたと思います。自分たちとしても、前に自主制作していた音源よりは、もっと多くの人に聴いてもらえるものには出来たらいいなと思ってました。その前までは、あんまりそういうことは考えていなかったんです(笑)。自分たちの良さが伝わったらいいとは少し思っていたんですけど、それよりもやりたいことをできたらいいなって、ただそれだけを思っていたんです」

――ライヴを重ねてきて、作り上げてきたものを音に慎重に置いているっていう意味では、全然スタイルは違うかもしれないけど、やっぱりceroや表現(Hyogen)と通じあっている部分はあると感じましたね。さっきは〈野蛮〉とか言っちゃいましたけど……。

一同「(笑)」

――試行錯誤をいつもしていて、それをどうやってより広くみんなに聴いてもらえる表現にするのかみたいなことを考えているっていう意味では、その3つのバンドは似ていますよ。

Miuko「そうですね。確かに。勢いだけでアルバムも全部突き抜けるみたいな印象は、その3バンドにはないですね(笑)」