ビル・エヴァンスの“闇”と向かいあって生まれた音楽
彼女の経歴から“半分はクラシックの音楽家”というイメージを持たれがちだが、かつてのグルダのようなクラシック訛りのジャズではない。まごうことなきジャズのフィーリングをまといつつ、クラシックをかっちりと学んでいないと不可能な表現の幅も持つ魅力的なジャズピアニストだ。今回の新譜は活動初期から取り組む“ソロ”、この数年力をいれている“トリオ”、そして将来へ繋がる“弦楽器との室内楽”……と細川のこれまでとこれからが詰まった、名刺代わりとなるような、メジャーデビュー盤となっている。
テーマはビル・エヴァンス。だが意外なことに、もともとそれほど好きなピアニストではなかった。
「最初、私が好きだったのはスウィングして弾きまくるオスカー・ピーターソンでした。だから昔はビルが多くの音で語らないことを理解できなかったんですね。でも私自身がジャズとクラシック、2つのジャンルを取り上げてコンサートをしているなかでビル・エヴァンスと重なる部分が見えてきたんです」
アルバム収録曲の3分の2がビルのレパートリー。とりわけ印象深いのはラスト2曲の《ア・チャイルド・イズ・ボーン》と《ピース・ピース》だ。
「どちらも音数が少なかろうが、そこにいるだけで音楽が成り立つんだっていう感じが、ムンムンに出ているような雰囲気。ビル・エヴァンスだからこそっていうのが凄く出ていて、クラシック的な音の出し方なのに物凄くスウィングしている。彼独自のものだと思います。《ピース・ピース》はライヴでなく音源で聴いているのに一瞬にしてその世界に引き込む力が凄い…それこそがビル・エヴァンスっていう感じがします」
彼女の《ピース・ピース》も、レコーディングの最後に一発OKだっただけあって、独特の雰囲気を醸し出す。またビル関連以外の楽曲では、弦楽器とのトリオによるグノーの《アヴェ・マリア》が本盤の白眉と呼べる仕上がり。細川にしか成し得ない音楽だ。
「2コーラス目の最初の方で、チェロが旋律をとっていくところ。呼吸を合わせるのはジャズでも同じだと思うんですけれど、クラシックのフィーリングがないと出来ない、吸って吐いてに合わせたテンポの膨らみによって、自分の想像を超えるものになりました」
彼女の自作曲では《Kaleidoscope in the Dark》がビルと細川の個性が巧みに混じり合う名演となった。
「編曲中にマジで病んでしまって、でもそのなかで光が見えてきて……というのを繰り返していました。録音3日目に出来た、私自身にとっては『ビル・エヴァンスと向き合った思い出』といった感じの曲です」 耳をそばだてれば心の奥底に響いてくる音楽だ。
LIVE INFORMATION
クラシック×ジャズ2020
細川千尋プレイズ・ビル・エヴァンス ラヴェル・ジャズ
○2020/1/31(金)19:00開演 紀尾井ホール ※トリオ&ストリングス
○2020/2/8(土) 19:00開演 ザ・シンフォニーホール ※トリオ
○2020/4/26(日)14:00開演 富山県民会館 ※トリオ&ストリングス