インダストリアル・ミュージック史観によるノイズ・ミュージック史
「どこにいようと、聞こえてくるのはほとんどノイズだ」とケージが言ったように、あらゆる音を〈音楽〉とみなすならば、裏返せば、あらゆる音楽もまた〈音〉である。本書のタイトルが「ノイズ/ミュージック」であることに表わされているように、本書はそもそも対立概念であるとみなされてきた両者が、これまでの歴史的、社会的、思想的背景によっていかなる関係を結んできたかを論じたものであり、また現代の音楽文化の中のノイズを要素とした音楽の意味、それらがもたらした意味を考察したものである。
1967年生まれのへガティは、ちょうど本書の中心に位置する第七章〈インダストリアル〉を同時代的に体験した世代にちがいない。そこを起点として、ノイズと音楽の邂逅、ノイズの起源へと遡行し、ルッソロの〈騒音芸術〉、ケージの“4分33秒”を端緒としながら、さらに記録再生メディアなどの諸テクノロジーの登場がもたらしたミュージック・コンクレート、即興演奏における不協和音と非楽音の使用、ロックにおける増幅と巨大なPAシステムによるノイズ、そして、プログレッシヴ・ロック、特にヘンリー・カウなどの反体制ロックに言及し、さらにそこから連続するパンク/オルタナティヴにおける、それまでの実験の歴史を脱構築したノイズ、 といった時代を接続しつつたどりながら、それぞれが持つ〈ノイズ〉の意味を考察していく。そこには、80年代のパンク/オルタナティヴからインダストリアル・ミュージックへといたる思想的背景が色濃く反映されている。さらに著者のとらえるノイズの射程は、インダストリアル以降、ジャパノイズ、メルツバウ、サウンド・アート、テクノイズへと進んでいく。
著者がノイズ・ミュージシャンであることと関係するだろうが、本書はいわばインダストリアル・ミュージック史観とでも言うべきノイズ/ミュージック史とも言える(パンクがプログレに続くものという位置づけなど)。だからこそ一般的な概説書とは趣を異にする、著者のマニアックな視点を意識するかもしれない。しかし、それこそがまた正史でもあるのがノイズ/ミュージックなのだろう。