車の座席のヘッドレスト? それがバンド名?
カー・シート・ヘッドレスト――車の座席のヘッドレスト。バンド名にしては、あまりにもへんてこだ。っていうか、ぜんぜんかっこよくない。バンド名っていうのはレッド・ツェッペリンとかディープ・パープルとかブラック・サバスとかキング・クリムゾンとか、そういうもっとガツッとくる、クールでキマった名前を付けるものだろうに。
そんな〈普通、それをバンド名にする?〉と思わせる、へんてこな名前で注目を集めている男がいる。米ヴァージニア州リーズバーグ出身、92年生まれの音楽家、ウィル・トレド(Will Toledo)。ちなみに、〈車の座席のヘッドレスト〉として活動する前は〈くよくよした若い男たち(Nervous Young Men)〉だった。つくづくネーミング・センスがない気がするけど……。
宅録ならぬ〈車録〉
ハイスクールに通うトレド少年は、NYのインディー・バンドたちがBandcampで作品を売っていることに触発され(当時のNYシーンはイケイケだった!)、17歳から楽曲制作と録音を始めた。その方法はといえば、ノートパソコンを車の後部座席に持ち込んで、歌やギターなどを録音する、というもの。そう。彼のオーディエンスは車の座席のヘッドレストだったのだ(初期の作品のアートワークにはヘッドレストの写真が使われている)。
トレドは、とにかく多作だった。ベッドルーム・アーティストならぬ〈カー・シート・アーティスト〉として、宅録ならぬ〈車録〉を続け、大量の曲を録音してはアルバムにまとめ、Bandcampにアップロードした。2010年、ひと夏の間に彼は4作ものアルバムを発表している。ザラザラでガビガビに歪んだローファイ音質と頼りなげな歌で構成されたそれらの作品は、〈実験的〉と呼ぶのもはばかられるような、とにかく変わったものだった。けれどもそこには、ひとを惹きつけてやまないやまない、きらりと光るポップなメロディーがあった。
Bandcampから名門レーベルへ
大学でのバンド結成やライブ活動の開始と並行して、彼はひとりで曲を作り続けていた。Bandcampで発表したEP/アルバムの数は11。なかには10分以上ある曲や1時間以上あるEP、2時間以上あるアルバムが含まれる。トレドの創作意欲はめちゃくちゃ旺盛だったし、そのアウトプットの仕方は過剰だった。
「僕がカー・シート・ヘッドレスト(以下、CSH)を始めたときには、とにかくたくさん作って、時間をかけないで、早く公開するようにしていた。それによって注目され、音楽を聴いてもらおうと思った」とトレドは語っている。
トレド=CSHが発表しまくるDIY作品群は目論見どおり、次第にブログなどで注目されるようになる。そうして2015年、ついに彼は名門レーベルのマタドールとサインした。
同年、大学卒業にともなってシアトルへと移住し、新たなバンド・メンバーたちとともに作り上げたのがブレイクスルー・アルバム『Teens Of Style』。同作はリリースされるやいなや、PitchforkやNMEなどのメジャーなメディアから高い評価を受けた。その後の2016年作『Teens Of Denial』、宅録作品をまるっとバンドで録り直した2018年のコンセプト・アルバム『Twin Fantasy』(傑作!)には、Pitchforkが〈Best New Music〉を捧げている。
エモい歌と切ないメロディー、ちょっと情けない歌詞、そして眼鏡
さて。CSHの魅力がどこにあるかと訊かれたら、僕はまず真っ先にトレドのソングライティング、彼が書くメロディーだと答えたい。
たとえば、先述の『Twin Fantasy』。冒頭の“My Boy (Twin Fantasy)”のシンプルなメロディーには、どこか60sポップのようなタイムレスな輝きがある。それに続く13分強の大作“Beach Life-In-Death”は、トレドのエモい歌に心を鷲掴みにされるし、(ジャンルの)エモのマナーに則ったセンチメンタルなメロディーラインが実に切ない。
60年代後半のビーチ・ボーイズのフラジャイルなきらめき、ペイヴメントやガイデッド・バイ・ヴォイシズのひねくれたポップさ、ゲット・アップ・キッズの切なさと青春感、ビルト・トゥ・スピルの遊び心――トレドが書く曲には、そんなものが詰め込まれている。だからこそ「僕の音楽は、いつも親密なものだと思う。ひとりのときに聴いたり、ヘッドフォンで聴くのに向いている曲が多いから」と彼自身が語るように、CSHの曲は聴き手の孤独に寄り添う親しみやすさがあるのだ。
それから、DIYな姿勢。CSHがここまでのし上がってきたキャリアは上に書いたとおりで、言うなれば彼は、アーティストとリスナーが直接交流できるようになったBandcamp時代における、新しいDIYスターだ。
歌詞にもぜひ注目してほしい。『Twin Fantasy』の“Cute Thing”の一節はこう。〈神様/僕にフランク・オーシャンの歌声をくれよ/ジェイムズ・ブラウンのステージ上の存在感も〉。〈なっ、情けなさすぎるっ!〉なんて叫びたくなってしまうけれど、思わずにやりとしてしまう。
トレドのトレードマークである眼鏡にも注目したい。見た目で音楽の評価が変わることなんて、もちろんない。けれど、(失礼ながら)いかにもナード然とした彼の出で立ちからは、エルヴィス・コステロ→ウィーザーのリヴァース・クオモ→そしてカー・シート・ヘッドレストのウィル・トレド、という眼鏡ロックンローラーの系譜を描きたくなってしまうのだ。「見ての通り、僕はウェイト・トレーニングから程遠い人間なので」なんてトレドは自虐しているけれど、〈ナードで、どこか頼りなげなロックンローラーこそが最高なんじゃないか!〉と僕は思う。

スタジオとパソコンを行ったり来たりして制作された『Making A Door Less Open』
つい前置きが長くなった。本題はここから。この原稿の本論は、CSHの待望のニュー・アルバム『Making A Door Less Open』について。ここからはトレド本人の発言を引きつつ、このアルバムをつまびらかにしてみたい。

CAR SEAT HEADREST Making A Door Less Open Matador/BEAT(2020)
発端はマタドールとの契約前にさかのぼる。ファジーなエレクトロ・ポップ“Weightlifters”は2015年に生まれた。ここ数作がバンド・サウンドを中心としたものだっただけに、ちょっと驚きのオープニング・ナンバー。けれども『How To Leave Town』(2014年)のような実験作を知るファンにとっては、CSHのもうひとつの側面がここに至って前面にせり出してきた、と感じるはず。
「今回は、もう少しエレクトロニックで実験的な音楽をやりたいという漠然としたアイデアがあった。僕たちはバンドとして活動していて、サウンドの中心はロックだったから。その間にも僕はひとりでパソコンを使って音楽を作っていて、今回はほとんど、そのときに作ったものからきている。スタジオ録音とパソコンでの録音を行ったり来たりしていたから、今回もその延長線上にある感じだね」。
シングルの“Martin”や“Hollywood”などは、まさにそういった制作過程をうかがい知ることができる曲で、ギター・リフとエレクトロニックなビートやエディット感が混在している。アコースティックとエレクトロニックが一緒くたになった音像、そしてインディー・ロックやエモから一歩踏み出した、でこぼことした音楽性。
ガスマスクを被ったウィル・トレドのメランコリー
音をより自由に操った本作には、その一方でダークなムードが立ち込めている。それを表すかのようにアーティスト写真でトレドは、なぜか作業服のようなつなぎに身を包み、ガスマスクをつけている(初めて見たときはぎょっとした)。〈コロナ禍に見舞われた現代社会の暗喩?〉と思いきや、どうやら彼は〈Trait〉というアルター・エゴを演じているらしい。それについてMonchiconのインタビューでは「(〈Trait〉という)ペルソナは1年以上前に考案された、僕の日々の生活に対処するためのもので、コロナウイルスやその他の具体的な何かを象徴するようなものではなかった」という。
仮面を被っているからこそ、BandcampでDIYな作品群を発表していた頃に近いナイーヴな内省が『Making A Door Less Open』では強調されているのかもしれない。とはいえ、〈少しだけドアを開けておく〉というタイトルは前向きなものであるらしい。
「部屋に他の人がいたとしても、これを聴いている時間は外の世界への扉を閉じて、アルバムが存在する小さな世界を楽しむことができる。だから、タイトルは僕にとってネガティヴなものじゃなく、プライヴェートな空間として存在するアルバム、というポジティヴな意味を持っているんだ」。
そう考えると、〈Teens(10代)〉シリーズと『Twin Fantasy』の再録を経たCSH=トレドは、〈Nervous Young Man〉として過ごした自身の青春に一区切りをつけたのかもしれない。僕はどうも、この作品から青春を終えたメランコリーを聴き取ってしまうのだ。
「確かに今回は『Teens Of Denial』の続編というか、成人したヴァージョンとしてとらえられるかもね。僕の作品は人生のスナップショットで、制作中に経験した人生についてのもの。『Teens Of Denial』は大学教育を受けている期間を切り取った作品だし、今回はその後の5年間を網羅している。個人的には、今回のほうがずっと散在している感じ。大学という組織の概念がなくて、日常生活についての作品だからね」。
カー・シート・ヘッドレスト沼にようこそ!
だからこそ『Making A Door Less Open』では、過去のCSHといまのCSH、その両方を聴くことができる。そんな本作は、膨大なディスコグラフィーを持つ〈カー・シート・ヘッドレスト沼〉の入門編だと言ってもいいかも。ちなみにこのアルバムは、CD、配信、レコードで曲目やミックスなどが異なっている。そういう徹底したこだわりや妙な過剰さも、なんともCSHらしいというか。
「リスナーのみんなにはいまの状況でなくて、パーティーやコンサートでこのアルバムを聴いてほしかったな。一度聴いただけでは汲み取れない部分もたくさんあるから、繰り返し聴くことでよさをわかってもらえると思う。この危機をみんなで乗り越えて、ライブを再びできるようになったら、アルバムの曲のライブ・ヴァージョンを楽しんでもらえると思う」。
CSHはライブ・バンドとしても、めちゃくちゃ評価が高い(ライブ・アルバム『Commit Yourself Completely』をぜひ聴いてみてほしい)。このコロナ禍から人々と社会が立ち直ったら、ぜひ来日公演を!
