©Genevieve Reeves

芸術的評価を極限まで高めた近年の素晴らしい仕事ぶり――その反動として呼び起こされたクラブへの愛は、超ソリッドで緻密な過去最高のダンス・アルバムを生み出した!

 「常に物事を動かし続け、自分を興奮させるようなことに全力で取り組みたいと思っている。それが100人編成のオーケストラとバレエ作品を作ることであろうと、自分一人でラップトップに向かっていることであろうとね」。

 2019年の『Crush』以降はファラオ・サンダース及びロンドン交響楽団とのコラボ大作『Promises』(2021年)を発表、今年1月にはサンフランシスコ・バレエ団と共同制作した初のバレエ作品「Mere Mortals」も上演され、一方では宇多田ヒカル『BADモード』(2022年)へのプロデュース参加、シャバカとのコラボやサカナクションのリミックスなども話題となったフローティング・ポインツことサム・シェパード。そのようなモードにあった昨今の彼だったが、このたび完成したニュー・アルバム『Cascade』は硬質でド直球なダンス・ミュージック中心のアルバムとなった。この転換について、本人は率直に「クラブの世界やエレクトロニック・ミュージックが恋しくなったから」と語る。

 「バレエの作曲でクラシックの領域に没頭していて、レコードを触る機会があまりなかったからね。『Crush』を出したのはパンデミックが起きる直前だったからツアーをする機会がなかったし、パンデミック中はここ数年でリリースされた別のプロジェクトを手掛けていた。クラシック音楽は形になるまでに物凄く時間がかかるんだ。バレエの作曲には丸1年かかったよ。1年間ピアノの前に座って、紙に楽譜を書いていたんだ。今回のアルバムはもっと早いペースで作曲ができた」。

FLOATING POINTS 『Cascade』 Pluto/Ninja Tune/BEAT(2024)

 そうしながらも2022年の“Vocodor”を皮切りにしてコンスタントにダンス・トラックの配信も続けていたのは、彼の内心の素直な表れだったのかもしれない。今回『Cascade』の冒頭では新たにミックスし直された“Vocoder (Club Mix)”がソリッドに鳴り響き、作品中には2023年のストイックなエレクトロ“Birth4000”も並ぶ。先行カットの“Key103”からも明白なように、『Cascade』ではどこかの地点に回帰するどころか過去最高にプリミティヴなダンス・ミュージックのグルーヴが追求されている。

 なお、その“Key103”という曲名は地元マンチェスターの地上波ラジオ局のことだそうで、ネットがない時代に多くの音楽を知るきっかけになったラジオや地元のレコード店との思い出というニュアンスも含まれているようだ。ここしばらく取り組んできたクラシック仕事との曲作りの違いについてはこのように説明している。

 「ダンス・ミュージックはフィーリングを頼りに決断したり、ループを流したり、音楽が自分の身体をどう動かしてくれるのかを考えながら制作を進めていける。クラシック音楽の場合はすべての演奏者一人一人のために作曲する。今回のオーケストラには80人の演奏者がいたんだ。その一人一人が楽譜を見て、音楽の動きや演奏方法、表現すべき感情やニュアンスを理解するから、僕はそれをすべて書き込まないといけない。ダンス・ミュージックではそうしなくても、グルーヴに任せて制作を進めていけば、その世界に迷い込むことができる。グルーヴに迷い込む感覚が大好きなんだよ」。

 助演としては宇多田ヒカルが終盤の2曲に参加。また、カリブーことダン・スナイスとウォーペイントのステラ・モズガワがそれぞれドラム演奏で参加し、とりわけ後者による“Afflecks Palace”の乱れ打ちはド迫力で最高だ。さらに、いろいろな意図で短尺の楽曲が良しとされることの多い時代ながら、先述の“Vocoder (Club Mix)”や“Key103”を筆頭に、弾力ありすぎでかっこいいテクノ“Fast Forward”やヘヴィーでミニマルな“Ocotillo”など7~8分という尺でじっくり展開していく楽曲が伸び伸びと並んだ自由さも、窮屈なトレンド追求などとは無縁な傑作の佇まいを本作に与えているのではないか。

 「伝えたいことがたくさんあるのと、僕のトラックは簡単な構造ではないから、時間をかけて発展させていく必要がある。トラックに呼吸させて、成長させていく必要があるんだ。楽曲を短めにしようとしたこともあるけど、多くの場合は何かが失われてしまって、意味をなさなくなってしまう。それに僕はポップなダンス・ミュージックを作るのを目的としていないし、尺を意識して作っていない。長いトラックだと集中力が必要とされるのかもしれないけれど、僕はそうは感じない。そのトラックにとって必要な時間だけを使っているからね」。

フローティング・ポインツの作品。
左から、2015年作『Elaenia』(Pluto)、2019年作『Crush』(Pluto/Ninja Tune)、ファラオ・サンダース&ロンドン交響楽団との共作による2021年作『Promises』(Luaka Bop)

左から、カリブーの2020年作『Suddenly』(City Slang)、ウォーペイントの2022年作『Radiate Like This』(Heirlooms)、宇多田ヒカルの2022年作『BADモード』(エピック)、シャバカの2024年作『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』(Impulse!)、サカナクションの2023年作『懐かしい月は新しい月 Vol.2~Rearrange & Remix Works~』(ビクター)