去る2020年7月19日、エミット・ローズが亡くなった。享年70。カリフォルニアで育ったシンガー・ソングライターは60年代半ばにデビュー。卓抜したメロディーセンスと捻りをきかせたサウンド・プロダクションから〈1人ビートルズ〉と呼ばれ、パワー・ポップの先駆者とも言われている。生前の彼に会ったことがあり、永らくエミット・ローズの音楽に魅了されてきたライターの松永良平が、追悼の意を込めてその魅力を綴った。 *Mikiki編集部

 


2020年7月20日に届いた訃報

SNSをぼーっとスクロールしていて、突然好きなアーティストの名前が目にとまるとドキッとする。訃報かと思うから。ドキドキしながら投稿を読み、そうではなかったことに安堵したり、悪い予感が当たってしまったことで落ち込んだりする。

7月20日の朝、エミット・ローズの名前を誰かがつぶやいていた。ドキッ。無事であってくれ。

だが、悪い予感は当たった。

 

ビートルズの遺伝子を受け継ぐ天才少年

ぼくはエミット・ローズに一度だけ会ったことがある。2010年の初夏だった。その日のことは自分のブログにも詳しく書いた。エミットの大ファンであるイタリア人の映像作家が丹念に取材し、長い隠遁から復帰を図ろうとしている道のりを追ったドキュメンタリー映画「The One Man Beatles」(2009年)のアメリカでのプレミア上映イベントが、その日、ウェスト・ロサンゼルスで行われたのだ。

「The One Man Beatles」の予告編
 

あの日、彼はとても酔っ払っていて、総白髪で、だらしなく太っていて、相当な老人に見えたが、実際はまだ60歳になったところだった。バンド、メリー・ゴー・ラウンドをヴォーカル、ソングライティングで支えるリーダーとしてA&Mからデビューした66年、彼は16歳だった。その66年という年は、彼が育った南カリフォルニアの街ホーソーン出身の天才ミュージシャン、ブライアン・ウィルソンが『Pet Sounds』を世に送り出した年でもあった。

メリー・ゴー・ラウンド解散後、ソロに転じたエミット。66年に華々しくデビューしながら(ヒット・シングル“Live”も出た)なぜか解散するまでの3年間、アルバムを1枚しか残さなかった。その一方で、ソロとして契約したダンヒル・レコードとは、3年間で6枚のアルバムを出すと約束した。自宅スタジオでの多重録音を駆使してひとりでサウンドをコントロールすることで、それが可能になるはずだと彼は考えていた。ダンヒルでの最初のアルバム『Emitt Rhodes』(70年)は全米29位まで上昇しスマッシュ・ヒット。ポール・マッカートニーの遺伝子を持つポスト・ビートルとしての存在を鮮やかに印象付けた。キース・オルセンとともに元ミレニウムのカート・ベッチャーもミックスダウンを担当しており、カリフォルニアの見果てぬ夢が、当時21歳のひとりの青年の姿を借りて実態化したとすら思えた。

70年作『Emitt Rhodes』収録曲“Somebody Made For Me”
 

しかし、多重録音の迷宮に魅入られたかのように、その後のエミットの作品は難産をきわめた。2作目のアルバム『Mirror』(71年)は最高198位止まり(中古市場に出回る盤の多さが、レーベルの期待とそれに対する裏切りを物語っている)。3年目にリリースされたダンヒルでの3作目『Farewell To Paradise』(73年)は、エミットの私生活での離婚なども影響し、アルバムを悲しみが覆っている。当然ながら、チャート面ではまったくの失敗に終わった。そして23歳で、エミットはレコーディング・ビジネスから姿を消した。

 

エミット・ローズとジュディ・シル、孤独な魂を持つ2人

97年、アメリカのパワー・ポップ・ファンが中心となって立ち上がった〈Poptopia Festival〉で、47歳を迎えたエミットが演奏している映像がある。活動休止期であるだけでなく、おおやけの場で演奏しているエミットの貴重な映像で、まだまだグッド・シェイプを保っている彼の姿が確認できる。

2005年には、ジュディ・シルが74年にレコーディングしていながら未発表に終わったサード・アルバム用の音源がジム・オルークのプロデュースによりアルバム『Dreams Come True』としてよみがえり、大きな話題を呼んだが、じつはそのアルバムにもエミットの名がコーディネイトとトラック・エンジニアリングでクレジットされている。ソロ・アーティストとしてのキャリアを断念したエミットには録音機材のノウハウはあったわけで、それで糊口をしのいでいた時期があったのだろう。エミットのエンジニアとしてのキャリアもそこから明るくひらけることはなかったわけだが。

エミット・ローズとジュディ・シル。孤独な魂を持つ者同士は、スタジオでどんなふうに交わり、あるいは、すれ違っていたのだろう。

ジュディ・シル『Dreams Come True』収録曲“Till Dreams Come True”