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〈古くて新しい芸術の館〉で奏でる静謐深淵なベートーヴェン――CD、ブルーレイ(映像)を同時発売

 韓国人ピアニストのキム・ソヌクが最初に世界的な注目を集めたのは2006年。英国のリーズ国際ピアノ・コンクールに史上最年少(18歳)かつ初のアジア人として優勝したときだ。マレイ・ペライア、ラドゥ・ルプー、ミシェル・ダルベルトら過去の覇者を振り返っても、リーズは獰猛なテクニシャンではなく繊細な芸術家肌のピアニストを数多く輩出してきた。

SUNWOOK KIM 『ベートーヴェン:後期三大ピアノ・ソナタ集』 Accentus Music(2021)

SUNWOOK KIM 『ベートーヴェン:後期三大ピアノ・ソナタ集』 Accentus Music(2021)

 キムがベートーヴェン生誕250年の2020年7月、ドイツのライプツィヒで収録した最後3曲の“ピアノ・ソナタ”(第30ー32番)のCD、DVD、ブルーレイ・ディスク(Accentus Music)も深く、静謐な世界が支配する。エッチングを思わせるタッチが3曲一体〈8楽章のドラマ〉の音符すべてを克明にヒットしつつ、深い呼吸のフレージングで極上のレガート(滑らかさ)を描く。最先端の録音技術は最弱音で奏でられるトリルの妙もすくい上げ、昇天の光のように輝かせる。全32曲にとっての最終楽章、作品111の第2楽章“アリエッタ”でのキムはシンプルな美の海に己を潜らせ、すべてを無に帰して消える。

 映像ソフトはカメラを少し動かし過ぎだが、キムがスタインウェイからいかに素晴らしい音を引き出すか、奏法のマジックの検証には役立つ。願わくは、もっとペダリングも見たかった。

 収録会場は1900年に路面電車の送電所として完成したレンガ造りの建物を建築家ウルリヒ・マルディンガーと医療統計学者マルクス・レフラーが取得、2014年にデジタルアートとコンサート&展覧会の文化センターへと再生したクンストクラフトヴェルク(Kunstkraftwerk=芸術発電所)ライプツィヒ(https://www.kunstkraftwerk-leipzig.com/de/)。キムの正面にはベートーヴェンの肖像画、壁全体にも楽譜が投影され、時代の新旧を超越した〈芸術の時間〉の対話を視覚面から盛り上げる。