2018年8月、新月の夜に始動したシンガー・ソングライター、mahina。透明感とエモーショナルさを併せ持つヴォーカルの得難い魅力に触れたのは2019年のミニ・アルバム『BLUE』が最初だった、というリスナーも多いかと思われる。例に漏れず筆者もそのクチなのだが、少しひんやりとしたサウンドや落ち着いたクールな曲調のせいもあって当時は、寒い国から来たヴォーカリスト、なんていうイメージを勝手に抱いていたりもしたものだ。

 が、昨年4月の“Light Of The World”を皮切りにシングルを連発するようになってからというもの、彼女に対する印象が徐々に様変わりしていく。こんなにも表情が豊かで、スケールのある世界観を表現できるアーティストだったとは……新しい色をひとつひとつ足していくようにして作品を積み重ねていく彼女を眺めながら考えていたのは確かそんなことだったのだが、満を持してリリースされるファースト・フル・アルバム『TORCH』を聴いたいまも、やっぱりおんなじ心持ちになっている自分がいるのであった。

mahina 『TORCH』 ARIGATO MUSIC/Village Again(2021)

 その『TORCH』は、先述の“Light Of The World”からNulbarichのJQがプロデュースを手掛けた“Lamplighter”まで7つの配信シングルに新曲を加えた全10曲で構成されている。とにかく幅広い音楽性を持つmahinaの魅力を押し広げる楽曲が詰め込まれ、彼女の歌世界に奥行きと広がりを与えるような見事なグラデーションを生み出しているのが素晴らしい。まずは、軽快なアコギのカッティングが印象的なオープニング“everyday”からして新鮮なときめきで溢れ返っている。『BLUE』に収められた名曲“YOU”と比べてみても明らかに異なる温度感をこの曲に発見できるが、それより何よりも、晴れやかな躍動感を備えた歌唱に、いまこの瞬間にしか存在しない儚い輝きを切り取っておかねば、といった切実さがしっかり聴き取れる点にこそ大きな変化を感じずにはいられなかったりする。

 言うなれば、この『TORCH』に収められた楽曲はすべて、mahinaを未知なる冒険の旅へと誘っていく役割を担っている。いささかダークな手触りを持ったミディアム・ナンバー“飛べない鳥”など顕著な一曲で、囁きに近い息漏れ声に哀切が滲むファルセット、そしてヒリヒリするようなシャウトなどを巧みに使い分けながら、曲中のストーリーを立体的に浮かび上がらせていく様子には、飽くなきチャレンジ精神をひしひしと感じるし、ハードルが高ければ高いほどいい、という逞しい心意気まで窺えたりもする。収録曲のなかでもポップなテイストが強めな“Lamplighter”でのパフォーマンスもまた特筆ものだろう。透明感とエモーショナルさの両面をしっかりと磨き上げながら、繊細かつ骨太な表現を手中にしようと試みる姿勢が目に浮かんでくるのだが、それもこれも聴き手にもっと寄り添える歌をうたいたいという一心の為せる業。そこのところがすべての歌唱から確実に伝わってくるから、やたらと胸を打ってしょうがないのだ。

 聴き進むごとに表題に〈トーチ〉と掲げた理由がじんわりと伝わってくるmahinaの記念すべきファースト・アルバム。まるでレクイエムのような佇まいで迫るエンディングのバラード“Good Night My Dear”までヴァラエティーに富んだ楽曲群はどれも〈名は体を表す〉ということを証明するために存在していると言ってしまっても過言ではないが、月光のように優しくそっと忍び込んでくる歌声の不思議なパワーを十二分に引き出してみせることに成功したという事実をとにかく祝いたい気持ちでいっぱいだ。そしていまは、これから先、新たな輝きを放つmahinaの歌声がゆっくりと世界を照らしていく状況を想像しながら、期待に胸を膨らませている。

 


mahina
日本のシンガー・ソングライター。2018年8月に活動をスタートし、翌月にファースト・シングル『You are my all in all/Just one more time』でデビュー。同年にファースト・ミニ・アルバム『mahina & the sun』を配信する。2019年には初の全国流通盤となるセカンド・ミニ・アルバム『BLUE』をリリースし、〈ARABAKI ROCK FEST.〉や〈JOIN ALIVE〉などのフェスにも出演。2020年に入ってからは、4月の“Light Of The World”からコンスタントに配信リリースを重ねていく。9月に初の配信ライヴを開催。今年に入って“Lamplighter”などの配信曲がヒットするなか、ファースト・フル・アルバム『TORCH』(ARIGATO MUSIC/Village Again)を10月6日にリリースする。