和田誠のライム、櫻井順のリズム、歌うは豪華120組のドリームチーム

 井上ひさし曰く「これまでいろんな人がマザー・グースを翻訳しましたが、和田さんのものが一番、原詩の雰囲気に近いのじゃないでしょうか。日本語のできる英語人がそう云ってるのですから、この評言は信じるに足りるとおもいますよ」

 和田誠が初めてマザー・グースに出会ったのは、幼児期の食器の絵皿の上。「メリーさんの子羊」イラストに英字の詩が添えてあったという。小学校低学年で「ロンドン橋」の詩を知る。(北原白秋訳詞「まざあ・ぐうす」より)、高校時代、映画やミステリ小説にマザー・グースの言葉を発見。大学時代はベン・シャーンの作品にもマザー・グースの影響があると認識。ノンセンスなトーンの中に社会風刺のスパイスも効いた言葉たちは普遍的だ。

 70年代「ユリイカ」に谷川俊太郎が「マザー・グース」訳詩を発表し、イラストを描いた和田誠は、自分も韻を生かしながら訳すことができないだろうかと考えた。英語で童謡は、〈Nursery Rhyme〉(ナーサリー・ライム)〈韻を踏むわらべ歌〉。意味を伝えながら韻を移す難しい作業ながら、まずは、60篇翻訳。「オフ・オフ・マザー・グース」上梓(89年、筑摩書房)。「オフ・オフ」の由来は、マイナーな「オフ・オフ・ブロードウェイ」から。「翻訳も人さまざま、そのさまざま具合をぼくは大いに楽しんだ」と本のあとがきで語る。

 この本を贈られた音楽家で俳句仲間の櫻井順は、ある眠れぬ熱帯夜に読んで、ふと音楽をつけてみたくなった。「その晩のうちに10篇ばかりを曲にして、次の句会の折にそのスケッチテープを彼に渡した。暫くしてアレオモシロイネと。言われたので、調子に乗って頼まれもしないのに60篇を片っ端から曲にしてしまった」。さて、「なんとなく出来上がってしまった60曲を前にして和田誠とふたり、どうしたものか思案していたところへ……辣腕プロデューサーがヒョッコリ登場して、「一流歌手60人に一曲ずつ歌って貰ってCDを作りましょう!」という企画に大発展。かくしてCD『オフ・オフ・マザーグース』(95年東芝EMI)完成。続編本「またまた・マザー・グース」も同年発行。新たなる60の訳詞に60の曲がつき、60名の歌い手が選ばれ録音。セカンドアルバム『またまた・マザー・グース』発表(97年)。さらに、阪神淡路大震災で被災した子どものためのチャリティー・コンサートも実現。櫻井順は「やっぱり神様っているのかな、と思う」と当時のCDのあとがきに記している。

VARIOUS ARTISTS 『オフ・オフ・マザー・グース』 Remix/ディスク クラシカ ジャパン(2021)

 そんな奇跡のような『オフ・オフ・マザー・グース』アルバムが、和田誠の三回忌にあたる10月に復刻リリースされる。今回は、『またまた・マザー・グース』アルバムと合併2枚組。タイムカプセルのような名盤には、遠い世界に旅立たれた方々も、まだまだ現役の方々も。総勢120名のさまざまなジャンルの名歌手が時を超えて変わらぬ歌声を披露する。平野レミ夫人の“三月の風”の優しい歌声に涙腺ゆるみ、忌野清志郎親子の“フェル先生”リピート必須。有志による“コマドリの死”に耳をすます。和田誠先生トリビュートの神無月は、神在月でもあり。10月から開催の〈和田誠展〉でも巨匠の意匠と言葉を鑑み拝みたい。……と、ここまで記していたら、櫻井順先生も9月25日、天上界に召されてしまわれた。嗚呼。〈深いためいき 涙雨 アーメン……〉オフ・オフ・マザー・グースの鳥たちの歌声を聴きながら祈り、雲の上のお二人の再会を思い浮かべている。

 


EXHIBITION INFORMATION

和田誠 日活名画座ポスター集
発行:888ブックス(ハチミツ)
B5サイズ/カラー/208ページ/ハードカバー
2021年10月中旬刊行予定
https://888books.shop
和田誠は、22歳から30歳の頃、日活名画座のポスターを無償で制作していた。伝説の作品集がついに刊行。

 

 

和田誠展
2021年10月9日(土)~2021年12月19日(日)東京・初台 東京オペラシティ アートギャラリー
https://wadamakototen.jp/

和田誠(1936-2019)イラストレーター、グラフィックデザイナー、装丁家、映画監督、エッセイスト、作曲家、アニメーション作家、アートディレクター、翻訳家、俳人……etc。和田誠の83年の生涯の中で、膨大で多岐にわたる仕事の全貌に迫る初の展覧会。