角野隼斗を初めて知ったのは〈トイピアノで全力で弾くトルコ行進曲〉の動画を見たときだった。グランドピアノの上に置かれたトイピアノで“トルコ行進曲”をただ弾くのではなく、ヴォロドスとファジル・サイの難解なアレンジを入れ込みながら高速で弾き進めていく。確かな技術と無邪気な遊び心を一度に感じることができたこの映像を見て、彼の表現者としての矜持を感じたのを今でも覚えている。
プロピアニスト、YouTuber〈Cateen/かてぃん〉として世界を舞台に活躍する角野隼斗。彼の30歳の誕生日である2025年7月14日には、1年前に開催された武道館公演を収めた映像作品「角野隼斗 ピアノ・リサイタル at 日本武道館」がリリースされたばかり。そんな角野隼斗/かてぃんのこれまでの活動と活躍を、改めて振り返ってみたい。

音ゲーからの影響と反田恭平との邂逅
母が講師であったこともあり3歳頃からピアノに触れはじめたという角野は、4歳で初めてピティナ・ピアノコンペティションに出場する。6歳からは金子勝子に師事しながら以降同コンペティションで好成績を重ねていき、幼いながらも天才ピアニストとして広く認知されていった。
開成中学校へと進学した角野は、ショパン国際ピアノコンクール in ASIAの中学生の部で金賞に輝くなど、引き続きその実力を遺憾なく発揮していく。だが、この頃はクラシックよりもロックやジャズの方に関心が向いていたそうで、ピアノのレッスンの傍らドラムにも興味を示していたという。現在の彼がクラシックの土俵だけでなくポップスやそれに付随する場でも活躍できるのは、こうした多感な時期での経験が活かされているからではないだろうか。
ちなみに角野の音楽活動に影響を与えたものとして、ゲームは欠かすことができない重要な要素だ。5歳のときに友人宅で初めて音ゲーをプレイしたのをきっかけに、コナミの「jubeat」や「REFLEC BEAT」、「DEEMO」といった作品に熱中していったという。絶対音感を有する角野だが、指先におけるリズム感は音ゲーによって養われたものかもしれない。
高校卒業後、角野は音大ではなく東京大学に進学。工学部計数工学科数理コースに進み、音声情報処理の分野で音源分離についての研究に心血を注ぐ。そのまま大学院に進むとAIを用いた採譜や編曲についての研究に没頭し、研究者の視点からも音楽の可能性を追求していった。
大学院に入って1年目にはピティナ・ピアノコンペティションにて特級グランプリに輝き、これを契機にピアニストとしてもその名が広まっていくこととなる。このとき決勝で披露したラフマニノフ“ピアノ協奏曲第2番 ハ短調Op.18”では、各テーマの世界観を細部まで理解しながら、難曲を難曲と感じさせない気迫に満ちた演奏で周囲を圧倒した。
2019年、角野はピティナの推薦によってマスタークラス(著名な講師から直接指導を受けることができる公開レッスン)参加のためポーランドへ。このとき同じマスタークラスに参加していたピアニストの反田恭平とはルームメイトだったそうで、時折プライベートでも一緒に行動していたという。寝食を共にした2人の関係性は2020年のラジオ共演時の映像を見れば一目瞭然。「荒野行動」を通じて戦友になった話など、終始和やかな表情に2人の仲の良さが表れている。
2020年の春に大学院を卒業した角野だが、新型コロナの影響で予定していたコンサートなどは延期・中止を余儀なくされてしまう。そうして世界が混乱に包まれるなか、角野はかてぃんとしてYouTubeやSNSを通じてファンとの絆を深めていった。徐々に難易度が上がっていく“きらきら星変奏曲”の演奏動画などは日本だけでなく世界でも注目され、クラシックとは縁遠い人にまでその名を轟かせた。
同年12月には初のフルアルバム『HAYATOSM』をリリース。ショパンの“小犬のワルツ”に続いてオリジナル曲の“大猫のワルツ”を添えたり、“ティンカーランド”ではトイピアノやハーモニカを用いたりと、角野の〈確かな技術と無邪気な遊び心〉が溢れ出した作品となった。