シンプルにR&Bの王道を往く、ドミニカ出身の女性シンガーが放った逸曲揃いの新作
アッシャーやリコ・ラヴの賞賛を浴び、海外の専門サイトでも高い評価を得ているジネット・クローデット。年頭に本国USでデジタル・リリースされ、このたび日本盤化される彼女のファースト・アルバム『Tainted Emotions』に広がっているのは、濃密なR&Bの芳醇さです。Twitterのプロフィールにわざわざ〈R&B Is Not Dead〉と記しているのも伊達じゃないというか、シンプルに王道を往く彼女の歌は、R&Bリスナーを喜ばせる宝石に他なりません。
母親がドミニカン・ポップ歌手のジネッテということもあって、音楽への目覚めは早かったというジネット。幼い頃から歌いはじめ、10代になる頃にはギターを抱えて曲作りも始めていたといいます。その時分にインスピレーションの源泉となったのはローリン・ヒルやアリーヤ、ジェニファー・ロペスなどなど。つまりは90年代後半から2000年代初頭のメインストリームで瑞々しく輝いたR&Bを滋養に、彼女はみずからの表現を磨き上げてきたということでしょう。そして、姉を病で亡くした16歳の年に、彼女は母と同じ道を本格的に志すようになったそうです。
複数のレーベルによる争奪戦を経て、ユニバーサル・モータウンとの契約が成立したのは2010年。NYからLAに移ってベイビーフェイスやノーIDらとセッションを行い、同時にセットアップとしてYouTubeにアップしたアリシア・キーズやジャズミン・サリヴァン、そしてローリン・ヒルらのカヴァー動画も話題を広げていくことになりました。が、同年のうちに出るはずだったアルバムはユニバーサル再編の煽りもあってお蔵入りし、よくあるパターンでレーベルを離脱することになってしまいます。
それでもすぐに再起動した彼女は、2012年に処女作『Everything’s Coming Up Roses』をミックステープという形で発表。ファー・イースト・ムーヴメントのワールド・ツアーにサポート・シンガーとして帯同したり、TVのオーディション番組に出演したりしながら再浮上の機会を窺っていました。そして、満を持して今回の『Tainted Emotions』が完成を見たというわけです。
GINETTE CLAUDETTE 『Tainted Emotions』 SummerChild/Manhattan/LEXINGTON(2014)
全編のプロデュースを手掛けたのは、ミュージック・ソウルチャイルドからワン・ダイレクションにまで及ぶ華々しい仕事歴で知られ、ジネットともミックステープの時点で関わっていたオーガスト・リゴ。自身の佳作『Music Of My Life』(2012年)や先日フリー配信したEP『Summer Of ’95』も記憶に新しい彼が、持ち前のポップさも余さず投入しつつ、主役の優美で力強い歌唱をシンプルに引き立てています。ほぼ全曲は彼とジネットの共作。ドラマティックな表題曲でオープニングを濃厚に彩って以降は、ただひたすらハイクォリティーなR&Bナンバーがノーギミックで連投されるという、最近では希少になりつつあった心地良さが待ち受けています。アリシアばりにソウルフルな芯の通った“Power”やキーシャ・コールにも通じる圧倒的なスロウ“Savin All My Love”、ドリーミーなアンビエント色の“More”、モダンに跳ねる美メロ系ミッド“Hold Me Touch Me Love Me”……と冗談抜きで逸曲だらけなのですが、なかでも90年代スタイルがニーヨ以降のメロディックな作法で体現されたミッドの“The Only”は、ジネットの持ち味と大衆性のあるオーガスト節がしっくり馴染んだ恐るべき美曲でしょう。
挫折から生まれた新たなる希望を粋に表現し、都会的な情緒と瑞々しい気品を湛える素晴らしい楽曲集に仕上がってきた渾身の『Tainted Emotions』。Soundcloud以降のタグや箔だったり、インディー界隈のマーケティング用語としての〈R&B〉とはまた異なるR&Bの煌めきは、いまここにあるのです。
ジネット・クローデット
NY出身、90年生まれのシンガー・ソングライター。ドミニカのシンガーであるジネッテを母に持ち、幼い頃から音楽に親しんで育つ。10代になると楽器演奏や曲作りを開始し、本格的にシンガー志望に。2010年にユニバーサル・モータウンと契約し、アルバム制作に入る。翌年契約は解除されるもミックステープ『Everything’s Coming Up Roses』やYouTubeに投稿したカヴァー動画が話題を呼ぶ。その後はメラニー・フィオナやジャスティン・スカイらの楽曲を書き、リアリティーTV「The Voice」出演を経てサマーチャイルドと契約。今年に入ってファースト・アルバム『Tainted Emotions』(SummerChild/Manhattan/LEXINGTON)を発表し、9月3日にその日本盤がリリースされる予定。