おそらく世界で初録音となるシューマンの“ヴァイオリン・ソナタ”など、コントラバスの魅力が全開となった池松宏の最新作

 近年は吹奏楽の人気が高まり、学校での部活動も盛んになっているけれど、その吹奏楽の演奏で欠かせない楽器が実はコントラバスである。たくさんの管楽器をコントラバスの低音が支えるだけで、音響に大きな影響が出て来ることは、吹奏楽経験者なら誰でも知っているはず。もちろんオーケストラでもコントラバスの存在感は大きい。しかし、ソロ楽器としてのコントラバスの魅力はまだまだ知られていないように思う。そのコントラバスのソロ楽器としての魅力を追求して来たのが、東京都交響楽団の首席コントラバス奏者である池松宏である。池松の最新盤はドイツ・ロマン派の2つの大きなソナタに加え、ラフマニノフ、R・シュトラウス、そしてコントラバス奏者でもあったボッテジーニの小品と、コントラバスの楽器としての魅力を満載したラインナップとなっている。

 「シューマンは“ヴァイオリン・ソナタ第1番”に無謀にも挑戦してみました。今回の録音にあたって、また色々とコントラバス用の作品を探してみましたが、コントラバスではまったく録音されていないシューマンの“ヴァイオリン・ソナタ”が良いかもと思い付き、ちょっと弾いてみたら、これは行けそうという感じがしたので、取り組んでみました。シューベルトの“アルペジョーネ・ソナタ”はコントラバスでも比較的取り上げられる作品ですが、それに加えて、コントラバス奏者だったクーセヴィツキーが編曲したラフマニノフの“ヴォカリーズ”、そしてコントラバス曲としては有名なボッテジーニの“エレジー”を加え、さらにもともと大好きだったR・シュトラウスの歌曲“あした!”も入れてみよう、ということで今回のアルバムが出来ました」

池松宏, 坂野伊都子 『ロマンティック』 キングインターナショナル(2023)

 と池松は選曲について語る。シューマンの“ヴァイオリン・ソナタ第1番”はヴァイオリンでもなかなか難しい作品として知られている。大きなコントラバスでそれを演奏するのは難しそうだが。

 「コントラバス用の編曲譜面は無いので、ヴァイオリン用の譜面から直接演奏しました。コントラバスはヴァイオリンほど機動的ではなく、音も雑味があるのですが、その方がシューマンの世界にあっているような感じがして、やってみて良かったと思います。シューマンの作品は、ヴァイオリニストにとっても〈手に入らない〉作品、またオーケストラにとってもそうで、つまりなかなか演奏に味わいを出すのが難しいのです。一種の〈もどかしさ〉が常につきまとう作品なのですが、それを逆手にとって、コントラバスで演奏してみたらシューマンの世界にちょっと近づけたような気がします」

 ピアノの伴奏は気心の知れた坂野伊都子が担当している。

 「坂野さんとの出会いは彼女の演奏を聴いた時に、なんて音楽的なピアニストなのだろうと感激したところから始まり、初めてのリサイタルでピアノをお願いした時にも素晴らしい演奏をして頂きました。〈こうしてほしい〉とこちらからリクエストすることもほとんどなく、人間性も音楽性もよく分かっている方なので、この録音も安心してお願いできました」

 R・シュトラウスの“あした!(Morgen!)”は歌に入る前のピアノの前奏部分からコントラバスが入って来るのも、ちょっと注目したい点だ。

 「そもそもこの歌曲がずっと好きで、とりわけこの曲のピアノの前奏のところが好きだったので、あえてそこから演奏してみました」

 そのアレンジのせいか、普通の歌曲よりも味わいの深い音楽になっているような気がする。シューベルトの“アルペジョーネ・ソナタ”はコントラバスで演奏される機会は意外に多い。

 「コントラバスで“アルペジョーネ”を弾く場合、元の楽器自体の音がよく分からない訳ですが、コントラバスならではの音色の深み、音量、そして高音部での歌も表現することが出来ると思いますね。コントラバスにとって大事な作品となっています」

 アンサンブルで低音を担当するだけではないコントラバスの魅力的な横顔を、このアルバムを通して知ってほしい。

 


池松宏(Hiroshi Ikematsu)
1964年、ブラジル生まれ。桐朋学園大学卒業。NHK交響楽団首席を経て、2006年にニュージーランド交響楽団首席、現在は東京都交響楽団首席奏者、東京芸術大学教授、国立音楽大学客員教授。紀尾井ホール室内管弦楽団、東京アンサンブル、水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバー。これまでに7枚のソロ・アルバムをリリース。ドイツ、イギリス、ポーランド、オーストラリア、中国など海外のコンクール、音楽祭や音楽大学に招かれマスタークラスを行う。

 


LIVE INFORMATION
吉野直子&池松宏デュオ・リサイタル
2023年5月6日(土)香川・高松国分寺ホール
開場/開演:13:30/14:00
出演:吉野直子(ハープ)/池松宏(コントラバス)

■曲目
M.ラヴェル:亡き女王のパヴァーヌ/P.カザルス:鳥の歌/V.モンティ:チャールダーシュ 他
https://www.ms-ins-bunkazaidan.or.jp/concert-information/974-20230506/