(左から)菅野咲花、梅井美咲

ピアニストの梅井美咲とシンガーの菅野咲花によるユニット、haruyoiがファーストアルバム『euphoria』を完成させた。2020年にコロナ禍下で結成された同ユニットはこれまで、EP『春宵』(2021年)とシングル“ひとりごと”(2022年)を世に送り出してきたが、初のアルバムではギタリストの井上銘とパーカッショニストのたいきめん(山崎大輝)をはじめ、一部楽曲でベーシスト/チェロ奏者の須川崇志とドラマーの橋本現輝も参加しており、歌とピアノを軸にしたユニットの音楽性はそのままに、これまでになく多彩で時にエクスペリメンタルな音響の面白味に満ちていると同時に、バンドアンサンブルならではの演奏性を湛えたサウンドも特徴的な作品となっている。いわばファーストアルバムにしてharuyoiはすでに進化を遂げたと言えばいいだろうか。そしてそのサウンドは、ふんだんに取り入れられたアドリブパートがあることはもちろん、ジャズミュージシャンによるアンサンブルなくしては生まれ得なかった歌モノ作品とも言えるように思う。

haruyoiとはどのようなユニットであり、歌モノでありながらジャズの魅力に溢れているのはなぜなのだろうか。その秘密を探るべく、『euphoria』リリース記念ツアー中の梅井美咲と菅野咲花に話を伺った。

haruyoi 『euphoria』 StyleBook(2023)

 

クラシックを学び、日常的な即興からジャズに至った梅井美咲

――最初にお2人それぞれの音楽的なバックグラウンドについて簡単にお伺いできればと思います。梅井さんは16歳でブルーノート東京に出演するなどジャズピアニストとして活動していますが、もともとクラシックを学んでいて、東京音楽大学では作曲指揮を専攻していますよね?

梅井美咲「そうです。しっかりと教養として身につけた感覚が強いのはどちらかといえばクラシックで、ジャズに関してはほぼ独学なんですね。北海道グルーブキャンプに参加したり、そこで受賞したことがきっかけでバークリー音楽大学に短期留学したり、あとジャズピアニストの若井優也さんのレッスンを1回だけ受講したり、機会に恵まれました。でも、本格的にジャズを学んできたわけではなくて。中学の時から和声学を勉強していたし、高校からクラシックの作曲を習い出したので、バックグラウンドとしてはジャズよりもクラシックの方が大きいんです」

――すると、ジャズはどのようなきっかけで興味を持つようになったのでしょうか?

梅井「もともと父がいろいろな音楽を聴いていて、その影響で幼少期にセロニアス・モンクを聴いたことがジャズに興味を持ち始めたきっかけでした。8歳の頃です。

それと、4歳からピアノ、6歳からエレクトーンを習っていたんですけど、クラシックピアノだと楽譜があって、その中でどのように自分の表現を落とし込むのか、ということが根底にありますが、私はせっかちな性格も相まって楽譜通りに弾くことが苦手でした。それをエレクトーンの先生が察知してくださって。

トゥーツ・シールマンスが好きな先生だったんですが、いろいろな面白い音楽を教えてくれたんです。チック・コリアとか、ロバート・グラスパーとか、あとテノーリオ・ジュニオルというブラジルのピアニストとか。当時はまだ今のようにストリーミングサービスがなかったから、TSUTAYAに行って借りてきたり、YouTubeで探して聴いたりしていました。そう、パット・メセニーもその先生に教えてもらって。それがきっかけで、芋づる式にいろんなジャズのアーティストを聴いていった記憶があります」

――ほぼ独学でジャズを学んだとのことですが、たとえばアドリブなどのスキルはどのように習得されましたか?

梅井「ジャズを学び出したのは高校生になってからです。でも、もともとクラシックピアノを習う前から、遊びで即興で弾くということをずっとやっていて。ご飯を食べるのと同じような感覚でやってたというか、すごく自分と距離が近いところに即興演奏がありました。その延長線上にジャズのアドリブがあるんです。

初めはジャズの語法は全然わからなかったですけど、とにかくたくさん好きな音楽家の演奏を聴き込みました。もともとやっていた即興演奏の遊びのような時期を経て、気がついたらジャズを演奏することに繋がっていったというか。だから、どうやってアドリブのスキルを習得したのかとかは、ハッキリとはわからないのが正直なところです」

――ジャズピアニストで特に研究したミュージシャンはいらっしゃいますか?

梅井「最近の話になりますけど、今、サリヴァン・フォートナーに入れ込んでいて。唯一無二のボイシングとタッチに特に惹かれます。サリヴァン・フォートナーはクラシックピアノの影響がすごく大きくて、私はやっぱり和声感にクラシックの素養を感じるに近いピアニストにときめくめく節があって。

例えばブラッド・メルドーもそのうちの一人です。『After Bach』(2018年)というアルバムがあって、J.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の曲とそこからインスパイアされたメルドーのオリジナル曲が収録されているソロ作なんですが、1〜2年ぐらい毎日のように聴き込んでいました。自分の音楽性に影響を与えてくれた音楽家の一人です。

『After Bach』を特に聴き込んでいたのは高校3年〜大学1年の頃です。ちょうど自分の強みがどこにあるのか模索していた時期で。私はもともとクラシックの作曲をやっていたので、和声法や対位法に取り組んでいる時に〈こういうことを自分のジャズ表現に活かせたらいいのにな〉と思っていて。そんな時にメルドーの音楽に出会って、〈私がやりたかったことの一つにこういう音楽があるのかもしれない〉と思いました」

 

クラリネット専攻から歌の追求に向かった菅野咲花

――菅野さんはシンガーとして活動していますが、高校時代はクラリネットを専攻していて、今回のharuyoiのアルバムでも少し演奏していますよね。音楽活動はどのような経緯で始めたのでしょうか?

菅野咲花「私も親がすごい音楽好きだったので、小さい頃からロックやR&B、ジャズ、レゲエあたりを聴いて育ちました。父も母も楽器をやっていて、家族バンドのような形で歌うこともありました。あとは習い事でピアノをやったり、小学校の金管バンドでパーカッションをやったり。

高校はクラリネット専攻で受験して、入学してからは梅井さんと、あとピアノ/サックス奏者の石井ひなたくんの影響でセッションに行き始めて」

――セッションもクラリネットで?

菅野「いや、歌で参加していました。セッションでクラリネットの演奏をすることはほとんどなかったです。楽器でアドリブを取ることにはあまり魅力を感じていなくて、歌うことがずっと自分の中に核としてあったというか」

――すると、なぜクラリネット専攻で高校に進学したのでしょうか?

菅野「実は特にクラリネット奏者になりたいという強い志はなくて、勉強せずに音楽ができるという噂を聞いて受験したのが本音です(笑)。クラリネットを吹いていて、自分の演奏にも自信があったので、最初はすごく軽い気持ちで。もちろんクラシックに興味がなかったわけではないですけど、高校に入学する前はそこまで聴いてはいませんでした。

高校時代にいろんなセッションに遊びに行っていたら、東京のミュージシャンが神戸に来るイベントがあって、それにほぼ皆勤賞で参加したんです。そこで、MELRAWこと安藤康平さんとか、石若駿さん、ピアニストでキーボード奏者の渡辺翔太さん等々を知って、こんな音楽ができる人たちがいるんだと衝撃を受けて。

それまでは高校を卒業したらクラリネットで進学すればいいかとぼんやり考えていましたけど、私がやりたいことは違う、やっぱりシンガーになりたいと思い、高校を卒業するタイミングで歌に絞って活動するようになりました」

――当時はどんなシンガーが好きでしたか?

菅野「その頃はジャズの即興的に編み出されるアンサンブルから影響を受けていて、歌手で言うと、ジャズセッションでエラ・フィッツジェラルドのように歌ってみたり、R&Bのセッションでアリシア・キーズの曲を歌ったりしていました。けど、誰かのように歌ってみたところで、自分は絶対にその人にはなれないわけで、だんだん違うなと思うようになって。

そんな中で一昨年の頭に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)を観て、初めてビョークをちゃんと聴いたんです。〈なんだこれは!〉とかなり衝撃で。そこから、ermhoiさんや沖メイさんなど、日本でも一人で音楽を作っているアーティストをあらためて聴いていって、自分でも個人で制作を始めるようになりました。

子供の頃はEGO-WRAPPIN’や椎名林檎が好きでめっちゃ聴いていたんですけど、今の自分がシンガーとして影響を受けたアーティストで言うと、ビョークと、ジャズボーカリストのグレッチェン・パーラト、あとハイエイタス・カイヨーテのネイ・パーム。日本の方だとモノンクルの吉田沙良さんとCRCK/LCKSのメンバーでもある小田朋美さんがすごく好きですね」

 

交わることがなかった2人

――お2人はいつ頃、どういうきっかけで知り合ったのでしょうか?

梅井「もともと中学校から一緒で、家も近所でした。でも中学で同じクラスになったことはなくて、菅野さんは吹奏楽部で私は帰宅部。交わる機会はほとんどなかったんです」

菅野「学校の行事で山登りに行った時に一瞬ちらっと話して。梅井さんはすでに音楽活動をしていて賞を取ってるすごいピアニストという認識だったんですけど、〈どういう音楽聴くの?〉みたいな会話になって、EGO-WRAPPIN’で盛り上がりました。当時EGO-WRAPPIN’を知ってる同級生は誰もいなかったんです。ちゃんと喋ったのはそれが最初ですね」

――中学は同じでも一緒にバンドを組んだりしていたわけではなかったんですね。

梅井「全然そんな感じではなかったです(笑)」

菅野「高校受験の時すら気まずかった(笑)」

梅井「そうそう(笑)。同じ兵庫県立西宮高校に進学したんです。県内で唯一音楽科のある公立学校で、彼女はクラリネット専攻、私は作曲専攻。クラス替えがないので3年間ずっと一緒でした。ものすごくハードな学校だったな……」

菅野「そもそも通学に1時間40分ぐらいかかるという」

梅井「私たちは加古川市に住んでいたので、高校があった西宮は大阪のすぐ近くで、いろんなところに出やすい場所でした。大阪にセッションに行ったり、帰りに神戸に寄ったり」

菅野「梅井さんとは最寄駅が同じだし、通学手段が全く一緒だったんですよ。それで徐々に喋るようになって、高校2年生の時にクラシックの曲でクラリネットの伴奏をお願いするようになりました。

その後、3年生の時に卒業記念ライブをやろうということになって、そこで初めて歌とピアノで組んで」

梅井「神戸の小さなバーで演奏したんですけど、その時は全部カバーでした」

――どんな曲ですか?

菅野「『カルテット』というドラマの主題歌で、椎名林檎作曲の“おとなの掟”。あとクラクラ(CRCK/LCKS)の“KISS”と、グレッチェン・パーラトの“How We Love”もやりました。他にもいろいろやったような」

梅井「普段から〈この曲いいよね〉みたいなことはなんとなく共有していたので、わりとすんなり取り上げる曲は決まった記憶があります。

それで、せっかくだしオリジナル曲も作ろうという話になって、一緒に作ったのがharuyoiの最初の曲でした」

 

コロナ禍での宅録から始まったユニットの活動

――卒業ライブで終わらず、ユニットとして活動を続けることになったきっかけは?

菅野「私たちが卒業した年にちょうどコロナ禍に入って、ライブができなくなってしまったんです。そうした状況の中で、できることと言えば家で曲を作ることしかなくて。梅井さんとは家も近いし、卒業ライブの時に作ったオリジナル曲を宅録で作ってみようと。それでトラックを制作したら〈え、めっちゃ良くない?〉って手応えを感じて。最初はBandcampで配信しようと思ったんですけど、せっかくなのでちゃんと録音しようということになりました。

ただ、卒業ライブで作った曲はいつかアルバムを出す時に最後に入れたいから、別の曲を新しく作ろうと。それで最初に出来上がったのが『春宵』(2021年)というファーストEPなんです。あれは“春宵”という曲の前後にプレリュードとポストリューディウムがあって、その3曲で一つという、クラシックの組曲みたいな考え方で作りました。

ちょうど『春宵』を作っている時に、知り合いのオーガナイザーをやっている方がライブを聴きに来てくれて、〈これならちゃんとリリースできる〉と言ってくださって。じゃあユニット名をどうしようかと梅井さんと話し合って、〈春宵〉を訓読みしたら〈はるよい〉になるから、haruyoiというユニットにしようと。それでEPを出して、haruyoiとして本格的に活動をスタートさせました」

――なるほど、コロナ禍で宅録に手を出したことがharuyoiというユニットの始動に繋がったんですね。それまでは宅録の経験はなかったのでしょうか?

梅井「一切やったことがありませんでした。みんなすごいなと思っていて、当時は買ったばかりのパソコンでやり方もわからないまま手探りで作っていました。今聴き返すとパンの振り方もヘンで(笑)」

菅野「謎の場所にベースがあったり(笑)。何もわからず〈おーでぃおいんたーふぇいすとは……?〉みたいな状態でした」

梅井「でも、そういう拙い感じがまたすごくいいというか、思い出深い曲ではあるんですよね。初めて2人で作ったので。それが今回のアルバム『euphoria』の最後に収録している“光射す帰路”という曲なんです」

――では、コロナ禍がなければライブの場がメインのままで、宅録には手を出さなかった可能性もあったと。

梅井「そうかもしれないです。自分でいろいろ作ってみることに今ほどは興味を持たなかったかもしれない。もっとピアニスト然としたままだったかもしれないですね」

――宅録にライブとは違う面白さや可能性を感じることはありましたか?

梅井「もちろんありました。あるよね?」

菅野「うん。やっぱりライブは、その場で想像していなかったものが来る衝撃とか、それに対する喜びがかなり強くて。けれど宅録だと、自分の思ったことを考えて作り上げる作業になるので、思い描いていた音像になったら〈よっしゃ!〉ってなる」

梅井「すごいわかる。自分で組み立てる時間がすごく面白いなと思うし、私の性格的にも、一人でじっくり考える時間が必要だったので。やってみて面白いと思うことはたくさんありました」

菅野「コーラスも重ねられるし。〈録音技術、ありがとう!〉という感じです(笑)」

 

その場で生み出される音楽の素晴らしさに取り憑かれている

――梅井さんは自身のトリオのほか様々な場所で活動されていて、菅野さんもShöka名義のソロプロジェクトに取り組んでいますよね。お2人それぞれの活動がある中で、haruyoiというユニットではどのような音楽をテーマにしているのでしょうか?

梅井「haruyoiでは、私は歌にフォーカスしたいという気持ちが強いです。

そもそも歌の曲を作りたいと思ったのはきっかけがあって、高校3年生の時に作曲科の試験があったんですけど、そのテーマが〈既存の詩に曲をつける〉というもので。その時に初めて歌の曲を作ったんです。装丁に惹かれて買った武藤玲さんの詩集に曲をつけたんですけど、なかなか上手くいかなくて、提出したら先生にズタボロに言われたんですね。全然言葉と噛み合っていない、ちゃんと言葉の持つ意味を考えて、言葉のイントネーションも汲み取らないといけないって。

それまであまり先生に怒られたことがなかったので、最初は〈私、歌を作るのに向いてないんだな〉と思ったんですけど、いろいろと試行錯誤を重ねるうちに言葉が音楽を導いてくれるような感覚が掴めてきて。その試験がきっかけで、歌を作るのも楽しいかもしれないって思ったんです。私の中では、haruyoiの活動の根底にはその経験があります」

菅野「それ、知らなかった」

梅井「実はそうなんです(笑)。その経験がきっかけで、歌をもっと作りたい、もっといろんな人とやりたいと思うようになりました」

――ピアノのインストゥルメンタルでも〈歌うように奏でる〉と形容することはありますけど、歌の曲と楽器演奏はやはり感覚的に違いますか?

梅井「違いますね。やっぱりピアニストはピアノが弾けてしまうから、指がよく回るので技術が前に出てきてしまいがちで、歌では不可能なこともいっぱいやってしまうというか。

その良さももちろんあると思いますが、私、ピアニストではない人が弾くピアノが好きなんですよ。ギタリストのカート・ローゼンウィンケルがソロピアノのアルバム(2021年作『Piano Solo』)を出していたりするじゃないですか。うまく言葉で表現できませんが、ピアニストでないからこその距離感でピアノと向き合っている。普段リード楽器の人は、その楽器さながらにピアノを弾いてしまうところがあって、そういう演奏に私は少し憧れるんです。立体的に音楽を捉えているというか。歌がある音楽をやり始めてからは、そういう新しい視点を持つようになりました」

――以前、細井徳太郎さんと一緒に梅井さんがデュオライブを行った際、武満徹がすごく好きだと仰っていましたよね。武満も歌の作品をいろいろ残していますが、歌を作る上でインスピレーションを得ることはありましたか?

梅井「あります、武満さんからはすごく影響を受けました。彼のエッセイや楽譜もたくさん持っています。たとえば彼がビートルズの“Golden Slumbers”を編曲した譜面があって、ピアノのための編曲なんですけど、もともとは歌の曲だというのがわかる編曲なんですよね。それでいて、どこを切り取っても武満さんらしさも出ていて。そういう曲作りや音選びができるんじゃないかということは日々模索しています。

武満さんは合唱の譜面集もあって、“明日ハ晴レカナ、曇リカナ”とか“小さな空”とか、そういった合唱曲を自分なりに編曲してピアノで演奏したりもしていました」

――菅野さんはharuyoiというユニットの音楽性についてはどう捉えていますか?

菅野「私の場合は自分のソロプロジェクトよりも先にharuyoiがあったので、そもそも音楽を作る楽しさを本当の意味で初めて知ったのがharuyoiでした。

ユニットの音楽性については、一応リファレンスとしてこういう感じの曲を作りたいと話すことはありますけど、でも、実際にどういう音楽になるかというと、歌とピアノの2人だけだとしても、その時々にしか起こり得ないことがあったり、ロケーションによって出てくるものがお互いに違ったりする。リリースツアーは井上銘さんとたいきめん(山崎大輝)、橋本現輝さんが参加したバンド編成で回っているんですけど、当然みんな演奏家として素晴らしいし、神戸の公演(2023年12月2日開催)では今まで見たことのない景色を初めて見た感覚になって。演奏でその場で生み出されるものの素晴らしさに取り憑かれているところがあります。haruyoiではそうしたものを生み出し続けていきたいなと」

 

haruyoiの2年の全てが詰まった作品

――今回完成したファーストアルバム『euphoria』は、どのようなきっかけで制作がスタートしたのでしょうか?

梅井「シンプルに、もう曲がたくさんできていたというのがありました」

菅野「リリースしているのがEPの『春宵』とシングルの“ひとりごと”だけで、haruyoiの音源を聴いてほしいと思っても2つしかないし、せっかくライブに来てくれたお客さんに帰ってから聴いてもらうものがなさすぎるというか。

それに『春宵』と“ひとりごと”は私たちにとってはほんの一部でしかなくて、haruyoiにはもっといろいろな側面があるのになと思っていたんです。だから、そういうことを知ってもらいたいと思って作り始めたのが最初のきっかけでした」

梅井「あと、卒業ライブで作った“光射す帰路”をそろそろ出さないと、このタイミングを逃したらお蔵入りになるなと。haruyoiで一番最初に作った曲ですし、拙いけれど良さがある。この曲を出すために他の曲も一気に揃えてアルバムにしようという気持ちもありました。だから、あまり〈こういうコンセプトでアルバムを作ろう〉というのは特になくて、いわゆる名詞代わりというか」

――EPの『春宵』の時は組曲的なコンセプトがありましたけど、今回のアルバムはそうではなく、これまで活動してきたharuyoiの様々な側面を集めた作品になっていると。

梅井「そうですね」

――タイトルの〈euphoria〉は〈多幸感〉といった意味ですが、どのような思いが込められていますか?

菅野「言っても大丈夫?」

梅井「いいよいいよ(笑)」

菅野「あの、私がBTSにめちゃくちゃハマってまして。インタビューでこんなこと言うのも恥ずかしいんですけど、この1年、BTSにすごく救われたというか。ただ、それは推しに癒されるとかいう話ではなくて。

あの人たちは今でこそアイドルグループとして有名だけど、リーダーのRMやSUGAは、もともとヒップホップのグループでアンダーグラウンドに活動していて、いろんな葛藤を抱えながらアイドルになった。その上でBTSのメンバーはファンのことを第一に考えているんですよね。シンガーであれば誰しも自分が歌う理由や他者に伝えたいことを考えると思うんですけど、BTSは聴いている人のことを心の底から考えていて、それが本当に素晴らしいなと思っていて。

今回のアルバムはharuyoiが活動を始めてから約2年間の全てが詰まった作品なんです。そのタイトルをどうしようと考えた時に、どれもなかなかしっくりこなくて。その中で、BTSの“Euphoria”という曲がふと頭に浮かびました。

〈euphoria〉は多幸感という意味ですけど、単に幸せなだけではなくて、幸せに取り憑かれるとか、多幸症といった意味もある。幸福も単純じゃないというか、つらいことも幸せになったり、幸せなはずなのに虚しかったり、一筋縄ではないですよね。

で、私はharuyoiの活動で、お客さんが聴いて喜んでくれることも含めて、その時々にしか生み出せないものの幸福さに取り憑かれてしまっているようなところがあるんです。だったらそういう意味を込めてもいいんじゃないかと思って、〈euphoria〉をタイトルにしました」

梅井「BTSの“Euphoria”は私も好きな曲です」

――そうだったんですね。まさかBTSが由来とは。でも、BTSのRMはロバート・グラスパーが好きなようですし、案外繋がるところがあるのかもしれないですね。ところで歌モノといえば詞先か曲先か、という話題がよく出ますが、haruyoiではどのように曲作りをしていますか?

梅井「詞先も曲先も両方あります。それと、曲か歌詞のどちらかのさわりだけができていて、そのあと2人でその場で作っていくというやり方もあるので、主にその3パターンですね」

菅野「私が先に歌詞を書いた曲に関しては特にそうなんですけど、展開を話し合いながら次のコードをどうしようという時に、梅井さんにひたすらコードを弾いてもらうんです。〈違う、違う、違う……あ、それ!〉みたいな感じで展開を決めたので、梅井さんとしてはもっといろんな道がある中で、歌が入ることで道が決まってしまうこともあったのかなと」

梅井「行き詰まったら〈この後の展開どうしたい?〉って菅野さんに相談するんですけど、明確なことを言う時もあれば、すごく不思議なことを言う時もあって。〈もっと海の底に沈んでいく感じ〉とか(笑)。でも、そこで初めて自分が使うコードが出てきたり、それまでなかった発想が出てきたりすることもあるんです」

 

抽象的だけど鋭さで抉る三角みづ紀の詩

――作詞をする上で、菅野さんは影響を受けた作詞家や詩人の方などはいらっしゃいますか?

菅野「haruyoiの活動を始める少し前に梅井さんが詩集を集め始めていて、梅井さんの家に行っていろいろ見せてもらったんです。

アルバムの5曲目に入っている“その視点”という曲は詩人の三角みづ紀さんの詩がもとになっているんですけど、梅井さんから教えてもらった中でも、特に三角さんの言葉遣いがすごく私は好きで。ものすごく品があって、けれど浮世離れしているわけでもなく、それでいてとても鋭さがある。そこにものすごく魅力を感じました。

梅井さんに見せてもらったのは『三角みづ紀詩集』で、その後、自分で初めて買ったのが『舵を弾く』。すごくいい装丁だなと思って買ったんですけど、中身を読んでもやっぱり好きで。

haruyoiでは〈絶対にそこに相応しい言葉があるな〉と思いながら曲を作っているんです。それは曲を考えずに歌詞を書く段階からそうで、説明するところとしないところがあるとか、聴いている人に想像を委ねるところはすごく意識しています。

三角さんの詩は抽象的な物言いが上手いというか、内に抱いているものを具体的なものに落とし込んで表現するのがすごいなと思っていて」

梅井「抽象的だけど、鋭さで抉り取ってくる時がありますよね。特定の誰かに言ったわけではないけど刺さる人には刺さるというか」

菅野「そう。“その視点”で言えば〈優しくすることはない そうしてあらう野菜が すりきれてぼろぼろになって 原型をとどめなくなって〉という箇所とか、野菜の話をしているのに私の心の状態を言い当てられているような感覚になる。それに品性もある。そういうところはすごく大事にしたいなと思っています」

――そもそも梅井さんがいろんな詩集を集め始めたのはなぜですか?

梅井「さっきお話しした、高校3年生の時の〈既存の詩に曲をつける〉という試験がきっかけで、いろんな詩を読むようになったんです。とにかくいろいろ買い漁って読んでいて、そうすると〈あ、このイントネーションはこうなのか〉とか〈この言葉はこういう意味かな〉とか読み取るのが楽しくなって。実際に曲を作るにしろ作らないにしろ、詩を読んで自分で想像を働かせることに楽しさを覚えて、今でもちょくちょく読んではどういう曲がつけられるかなとか考えるようになりました」

――三角みづ紀さんはユニット名義で音楽活動もしていて、朗読と歌の間をいくようなアルバムもリリースしていますが、三角さんのことを知ったのは音楽経由でしょうか?

梅井「いえ、詩集がきっかけでした。でも、小田朋美さんの『グッバイブルー』(2017年)に“北へ”という三角さんの詩の曲が入っていて、あの曲を聴いた時はすごく衝撃でした。詩の内容としてはすごく重苦しいんですけど、曲調自体は明るくて。調性はメジャーだし3拍子だし、ちょっとエリック・サティ的というか、でもそこにすごく恐ろしさを感じるというか。アルバムの中で一番怖い曲だと思うんですけど、こういう曲をいつか作ってみたいなって、その時に思いました。それは今でも変わらないですね」

 

その時だけの奇跡みたいな音が切り取られている

――アルバム収録曲の中でも“その視点”は異色というか、ややエクスペリメンタルで即興的な雰囲気もありつつ、どんどん展開が変わっていきますよね。

梅井「あの曲は菅野さん主導で作ったんです。メロディーラインと言葉の組み合わせ方を菅野さんが作って、その後に私がコードをつけていきました」

菅野「最初は冒頭のループしているコードだけでやってたんですけど、だんだん、これは私ではコードの理解が追いつかないなと思って。それで梅井さんに投げたら、まさに思い描いていたものに仕上がった。

展開がどんどん変わるのは、三角さんの詩に対して抱いた心象に合わせて変化させていったら自然とそうなりました」

梅井「私だけだったら絶対に思いつかない転調の仕方とかするんですよね。だからすごく面白いなと思うし、レコーディングも面白くて、全部で3テイクぐらい録ったんですけど、菅野さんがどんどん詩に持っていかれて、歌うたびにどんどん暗くなっていった(笑)」

菅野「私以外のみなさんはジャズミュージシャンだからワンテイクでも当たり前みたいな感じだったんですけど、ワンテイクで終わるのもなと思って、私が〈もう1回録らせてほしい〉ってお願いして。けれどやってるうちに沈んでいって〈(掠れ声で)あのう……やっぱり最初のテイクに……しましょう……〉って(笑)」

梅井「“その視点”はクリックなしで録ったし、すごくジャズだなという感じはある。その時々の奇跡みたいな音の運びがそのまま切り取られているから」

菅野「そう、あのテイクはいろんなミラクルが起きていて。すごいなと」

――EP『春宵』と比べて大きく違うことの一つは、やはり、井上銘さん、山崎大輝さん、須川崇志さん、橋本現輝さんといったジャズミュージシャンが参加したバンドサウンドになっていることだと思います。歌モノでありながら各プレイヤーのアドリブも聴きどころになってますよね。haruyoiの2人だけで宅録で作るという選択肢もあったと思いますが、サポートメンバーを迎えてアルバムを制作したのはなぜでしたか?

菅野「譜面を書いた時点で、この曲はこの人に演奏してほしい、というのがありました。たとえば7曲目の“Ichiban boshi”は、曲ができた段階でもうドラムは現輝さんに頼みたいなって」

梅井「途中のソロは銘さんに弾いてほしい、とかね。お願いしたい人の顔がすぐに浮かんだというか。

アルバムバージョンの“ひとりごと”は、私が銘さんのギターが好きというのもありますけど、銘さんもこの曲を〈ジャズスタンダードみたいだよね〉と言っていつも弾いてくれていたので、私がピアノを弾かずに銘さんに伴奏をお願いしたらもっと曲の良さが出る気がするなと直感で思って。

最後の“光射す帰路”は、私がちょっとカオスなソロを取って、ブルースみたいな終わり方をするんですけど、やっぱり求めていたのはそういうライブサウンドだったんです。だから、作り方としては全体的にすごくジャズに寄っていたんだなと思います」

 

ジャズミュージシャンだからこそ作れる新鮮な歌モノ

――たとえば石若駿さんの〈Songbook〉プロジェクトとか、細井徳太郎さん、CRCK/LCKSやモノンクルもそうですが、ジャズミュージシャンによる歌モノがありますよね。haruyoiもそうした見方ができるユニットですが、お2人にとって、ジャズミュージシャンによる歌モノの魅力や面白さはどのようなところにあると思いますか?

菅野「私は、ジャズミュージシャンに限らずですけど、音楽的に難しいことをすることは、普通は伝わりにくくなることだと思うんです。ただ、たとえばジェイコブ・コリアーのように、あれだけものすごいことをしていても聴衆に対して伝えることができるミュージシャンがいる。サンダーキャットもそうですよね。難しいことをしているけど、ちゃんと楽しめるものを作れるというか。

ジャズはスポーツみたいなところがある気がしていて、複雑なコードでリハモするのももちろんすごいですけど、〈どうだ、すごいだろう〉で終わらずに、いい曲を作ることに焦点を当てている人たちが、いま面白い歌モノを作っているジャズミュージシャンたちかなと思っていて。でも選択肢が豊富だから、ポップシーンに通用するような音楽でありつつ、聴いたことのないような新鮮な音楽を作れてしまうということかなと」

梅井「一つは、やはりみんな演奏技術が高いというのはありますよね。この前、ブルーノート東京でグレッチェン・パーラトの来日公演を観たんですけど、ベーシストのアラン・ハンプトンが途中でギターを持って前に出てきて歌い出したんですよ。それがめちゃめちゃ良くて。普通にギターが上手いし、歌もものすごく良くて。なんだこれはと思って。とても感動したとともに、そういう立ち居振る舞いができてしまうのがジャズミュージシャンなのかなというか、今そういう時代なのかなって思いました。

渋谷WWWでの細井徳太郎さんのアルバム『魚 _ 魚』リリース記念ライブに私も出演させてもらったのですが、ポピュラー音楽研究者の大和田俊之さんが観にいらしてて、ライブ後にお会いする機会がありました。その時に大和田さんが、これまではジャズミュージシャンがポップスをやったり、逆にポップスのミュージシャンがジャズをやったりすると、何かしら違和感が生まれていたのに、今はそういう違和感が一切なくなっているのがすごいと仰っていて、腑に落ちた部分があって。

私は自分自身がその渦中にいるからわからないところもありますけど、みんなジャンルレスにいろんなことに取り組んでいて、そういう人たちが周りにいるからこそ、ジャズミュージシャンが歌モノを作るということも、違和感なく続けられているんじゃないのかなって思いますね」

 


RELEASE INFORMATION

haruyoi 『euphoria』 StyleBook(2023)

リリース日:2023年11月8日(水)
品番:STYL-001
形態:CD
定価:2,400円(税込)

TRACKLIST
1. Interlude_1
2. 朝まだき
3. ひだまるうたたね
4. Interlude_2
5. その視点(詩:三角みづ紀)
6. ひとりごと
7. Ichiban boshi
8. 光射す帰路

Cover art by Hiroko Kubota

菅野咲花 - Voices
梅井美咲 - Pf, Rhodes, Synths, Mellotron
井上銘 - Gut guitar, Electric guitar
たいきめん(山崎大輝)- Percussions, Vibraphone, Synth bass
橋本現輝 - Drums (M2, 7, 8)
須川崇志 - Wood Bass, Cello (M3, 4, 5)

 

LIVE INFORMATION
haruyoi 1st album RELEASE TOUR

<東京編>
SPECIAL GUEST 角銅真実

2024年1月29日(月)東京・代官山 晴れたら空に豆まいて
開場/開演:18:30/19:30
出演:haruyoi/角銅真実
前売/当日:3,500円/4,000円 (いずれもD別)
※整理番号順にご入場いただきます
※全席自由席となります
※混雑状況によって一部立見となります
※前売券の販売状況によって、当日券を販売しない可能性もありますので、あらかじめご了承ください