素性を隠した〈覆面バンド〉ではなく、本当に覆面をしているバンドである。表情も読み取れないし、情報も乏しい人たちながら、ミステリアスでエキゾティックなヴィジュアルがそのアティテュードと音の効能を仄かしていると言えなくもない。突如として姿を表したオーストラリアはメルボルン発のトリオ、グラス・ビームス。もともと同地を拠点とするリサーチから2021年に発表した初EP『Mirage』が脚光を浴び、ジェイダGの『DJ-Kicks』でもピックアップされた“Taurus”をはじめとする楽曲群が〈メルボルンのクルアンビン〉といった形容も手伝って支持を集めてきたインスト・バンドである。
そのようにクルアンビンが引き合いに出されるのも納得の音なのは前提として、リサーチといえばマイルドライフやビッグ・ヨーンらのユニークな作品を送り出してきたレーベルでもあるわけで、彼らのサイケデリック・エキゾ・ディスコ・ダブ・ファンクな音像もまた何とも摩訶不思議で妖しげな独自の気持ち良さを放っていた。ともかく、それらの楽曲がSNSを通じて評判を広げて各国の音楽フェスに招かれた彼らは、そのパフォーマンス動画によってさらに人気を拡散。なかでも『Mirage』収録曲に飽き足らず披露した20分もの未発表曲を演奏する様が話題となって、彼らは昨年のツアー終了後にその楽曲をレコーディングするべくスタジオに戻る。そうやって完成した待望のセカンドEP『Mahal』は、彼らにとって(奇しくも先述のジェイダGと同じ)ニンジャ・チューン移籍作となった。
アーティスト写真やステージでは常に3名が並ぶものの、いまのところメンバーの名前は中心人物のラジャン・シルヴァしか明かされていない。現在のバンドの音楽性も、インドで生まれ育った父親のルーツ音楽をラジャンが掘っていくなかで浮かんできたアイデアだそうだ。前作『Mirage』の発表時にラジャンはこのようにコメントを残している。
「新しい音楽を書くための新しいエネルギーとインスピレーションを探していて、そんな時に、両親が『Concert For George』(2002年に英ロイヤル・アルバート・ホールで開催された故ジョージ・ハリスンの追悼コンサート)のDVDを観ていた子ども時代の記憶を思い出した。そこではラヴィ・シャンカールがインド音楽のオーケストラで演奏していて、当時の私はまだ音楽を始めていなかったけど、そのサウンドは本当に心に残っていた。そのことを思い出してから、父の故郷や周辺地域のミュージシャンを探しはじめて、『Mirage』の構成要素となったインドの伝統音楽やディスコ、ポップソングを豊富に見つけた。そして、何を書きたいのか、なぜそれを書きたいのかというヴィジョンが見えてくると、すぐに曲が流れ出てきたんだ」。
そうしたルーツを消化吸収してオリジナルな無国籍の表現へと昇華するバンドのセンスと力量は、今回の『Mahal』でもいよいよ極まっている。イントロとなる“Horizon”での神秘的な導入から、メイン・テーマの“Mahal”~“Orb”へと小気味良く流れ込み、蜃気楼に揺らめく黄金色の宮殿、そこで繰り広げられる神秘的で妖艶な舞踊……といったイメージを増幅させていく。もちろんそこにジャズ・ファンクやクラウトロックといった西洋由来のスパイスを嗅ぎ取る人もいるだろう。いずれにせよ明快な親しみやすさを謎めいた異国情緒で包んだループ・ミュージックとしての快楽性は絶大だ。
『Mahal』はインタールードを挿んでダウナーな“Snake Oil”へ進み、メロディックな躍動感を纏った“Black Sand”へ。合計20分ほどの宴は、ひとつの大曲として捉えることでより快感と中毒性を増幅するようにも思える。このタイミングでタワレコ限定のCDリリースも実現し、高まる期待を受けてすでに今夏の〈フジロック〉での初来日も決定したばかり。ミステリアスなイメージ以上に脳と身体に深く作用するグルーヴはここ日本でもより多くの人を魅了することだろう。
グラス・ビームス
オーストラリアのメルボルンを拠点に活動する覆面トリオ。インド出身の父親を持つラジャ・シルヴァを中心に楽曲制作を開始し、2021年に地元のリサーチより初音源となるEP『Mirage』をリリース。同作を引っ提げて世界各地をツアーし、ライヴ動画やストリーミングを通じて支持を集めていく。今年に入ってニンジャ・チューンとの契約を発表。夏の〈フジロック〉出演決定も話題となるなか、配信中のEP『Mahal』(Ninja Tune/BEAT)を5月17日にタワレコ限定でCDリリースする。