コーラスシンガーとして音楽の一部になれる大きな喜び
――大学を卒業してからの活動はどのようにスタートさせたのでしょうか。
「サークルの先輩から誘っていただいて、コーラスや仮歌の仕事をするようになりました。同時期に作曲も始めて。卒業してサークルの仲間がバラバラの道に進み、一緒に音楽をやってくれる人がいなくなったこともあって、ひとりで作り始めたんです。初めは苦難の連続でしたね。シンガーソングライターとしての曲やポップスの作り方がわからなくて、1曲作るのにすごく時間がかかってしまって。作曲の勉強もしてみたりして、徐々にポップスの作り方がわかっていきました」
――そこからシンガーソングライターとしての活動を開始したんですね。
「いえ、根が真面目だったこともあり、音楽で食べていくのは大変だろうと思って就職したんです。でもあまりに忙しい仕事で、ストレスで全身蕁麻疹ができて、緊急で点滴治療を受けて。心が壊れかけました。
そのときに、こんなふうになるくらいなら自分の気持ちに素直になって一回好きなことをちゃんとやってみようと思い直して。一番好きなこと、やりたいことは、やっぱり音楽なんだと気がついたんです。それで、以前からやらせていただいていた仮歌の仕事やコーラスの仕事をやるようになりました」
――どんな人のコーラスを?
「ここ数年は〈あの素晴らしい愛をもう一度コンサート〉という、森山良子さん、南こうせつさんといったベテランフォークシンガーの方が出演されるコンサートのバンドや、〈歌縁 中島みゆき RESPECT LIVE〉というトリビュートコンサートで一青窈さんや山本彩さんのコーラスをさせていただいたり。最近だと台湾のバイラルチャートで1位になったバンドALBATROSSのコーラスも、ご縁があってやらせていただいています」
――現在もシンガーソングライターとコーラスシンガーとしての活動を並行してされているんですね。
「はい。どっちも好きですし、どっちが上という気持ちもないので。シンガーソングライターとコーラスシンガーは分野が違うと言う人もいらっしゃいますが、私はコーラスをさせていただいているときもめちゃめちゃ楽しいですし、音楽の一部になれている喜びが大きいので、これからも続けていきたいですね。どっちも同じように頑張りたいです」
――シンガーソングライターとしての表現欲求はどのように高まっていったんですか?
「ソロ活動を始めた頃はピアノを弾いて歌っていたんですが、ひとりで私の表現したい音楽をやるのは無理だと思ったんですね。だから知り合ったバンドの方に演奏してもらうようになり、そうするうちに自分はマイクだけを握って歌いたいとハッキリ思うようになったんです。
そんななか、アルバムを一緒に作ってくれたキーボーディスト/アレンジャーのハナブサユウキくんとの交流が始まりまして。もともと彼とは大学の先輩のイベントで共演していて、その後再会してたとき、〈社会人をやめて、また音楽をやりだしたんだ〉って話をしたら、彼も音楽の仕事をしていると。〈じゃあ一緒にやったら楽しそうだね〉ってなって、それで2018年に横浜LOOPでライブをやったんです。それはRyo Yoshinagaと、ハナブサくんがシンガーのオオノリュータローくんとやっているユニット(Solight)との2マンで、3人が混ぜこぜになって相手の曲でもコーラスをするということをやったらめちゃくちゃ楽しかった。こんなふうに、出会ったミュージシャンにサポートしてもらいながらのびのびと歌うスタイルこそが求めていたものだと思って、グッとシンガー欲求が高まったんです」