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(左から)今橋一翔、永松有斗夢、山路あげは

ギターを弾くことが、何かが始まるきっかけになると思った

――ここまででいくつかのバンドの名前が出てきましたが、みなさんのルーツについて、もう少し詳しく聞かせてください。

有斗夢「中学時代はずっと野球をやっていたので音楽にはほとんど触れていなくて、高校受験のために野球部を引退してからですね。打ち込むものがなくなってつまらない日々が続いていたタイミングで、音楽好きの友達にいろいろと聴かせてもらうようになったことが始まりでした。そこで、部活中に大きな声を出して感情を吐き出すことの気持ちよさが、歌を歌ってみたいという気持ちに繋がっていったというか。でも、その頃に聴いていたのはJ-POPで、ロックに目覚めるのはもう少し先の話ですね」

――ロックを好きになったきっかけは?

有斗夢「いちばん最初はBLANKY JET CITYでした。そこからTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT、ナンバーガール、ゆらゆら帝国といった、1990年代、2000年代の日本のロックを聴くようになって、しばらくして洋楽にも興味が出てきてニルヴァーナにハマり、彼らのルーツの1つでもあるセックス・ピストルズを好きになり、というパンクやオルタナティブロック的な文脈がルーツですね」

あげは「私は中学に入学して吹奏楽部に入ったことが最初の音楽的な体験なんですけど、半年くらいで辞めちゃって学校にもあまり行かなくなり……。そんなタイミングで聴いたTHE BLUE HEARTSの“少年の詩”の歌詞が刺さったことでギターを始めたんです」

――私も10代前半の頃、〈別にグレてる訳じゃないんだ/ただこのままじゃいけないってことに 気付いただけさ/そしてナイフを持って立ってた〉、というフレーズにハッとしました。

あげは「そのあとに続く歌詞も含め、私もそんなふうになりたいと思いましたし、私にとってはギターを弾くことが、何かが始まるきっかけになると思ったんです」

今橋一翔「僕は高校で吹奏楽部に入って打楽器を担当してはいたんですけど、ドラムはやったことがなかったし、そんなに音楽を好んで聴くタイプでもなく、聴いたとしてもボーカロイドやヒップホップでした。でも、有斗夢に誘われてドラムをやってみたいという衝動に駆られて、そこからロックのカッコよさやドラム、リズムのおもしろさが見えてきた感じですね」

――ドラムのどんなところがおもしろくなってきたのですか?

一翔「ライブに来てくれたお客さんが、〈このタイミングでこういうのがきたら上がるだろうな〉と想像して浮かんだフレーズを、自分の体を動かして体現できる。そういうフィジカルなところが楽しいですね」

――そしてオリジナル曲を作って、ライブ活動を始めたのですね。

あげは「最初は校内でライブをしたり、福岡のバンドコンテストに出たりしていて、2023年の春、高3になって少し経った時に『高校生のじかん』というローカルテレビ番組の企画で初めてライブハウスで演奏したことがきっかけで、ライブハウスでのライブが増えてきました」

――2022年末に〈福岡県高校軽音新人コンテスト〉でグランプリを受賞されたときに、その日の特別審査員だった久留米市出身でARBの元ボーカリスト、石橋凌さんと撮った写真を見ました。石橋さんとはどんな話をしましたか?

一翔「とても優しい方で、〈すごくよかったからこれからもがんばれ〉という言葉とともに握手をしてくださった手がすごく大きくて、パワーを注入してもらったような感覚になりました」